酔古堂剣掃 / 集法・倒って是れ硬漢子なり
為善有表裏始終之異,不過假好人;為惡無表裏始終之異,倒是硬漢子。
新字:為善有表裏始終之異,不過仮好人;為悪無表裏始終之異,倒是硬漢子。
書き下し
善を為して表裏始終の異有るは、假の好人に過ぎず。惡を為して表裏始終の異無きは、倒って是れ硬漢子なり。
現代語訳
善いことをしていても、表と裏、始めと終わりで違いがあるなら、それは見せかけの善人にすぎません。悪いことをしていても、表と裏、始めと終わりで違いがないなら、かえって筋の通った硬骨漢です。
解説
一貫性の大切さを、あえて逆説的に示した一則です。表裏始終の異とは、人前と陰とで態度が違ったり、初めと終わりで言うことが変わったりすることです。善行をしていても、それが人目を意識したもので陰では違うなら、偽善者にすぎないと言います。逆に、悪人であっても裏表がなく首尾一貫しているなら、硬漢子、つまり骨のある男だと言います。もちろん悪を勧めているのではありません。善悪の中身以上に、裏表のなさが人の信頼を左右するという、厳しい人間観察です。善いことこそ、陰でも同じように行いたいものです。
この章句が説くこと
誠実表裏修身一貫性偽善
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