酔古堂剣掃 / 集法・無愧を隱微に求むるは難し
求見知於人世易,求真知於自己難;求粉飾於耳目易,求無愧於隱微難。
新字:求見知於人世易,求真知於自己難;求粉飾於耳目易,求無愧於隠微難。
書き下し
知らるることを人世に求むるは易く、真に知ることを自己に求むるは難し。粉飾を耳目に求むるは易く、愧づる無きことを隱微に求むるは難し。
現代語訳
世の中の人に知られることを求めるのはやさしく、自分自身を本当に知ることを求めるのは難しいものです。人の耳目に向けて体裁を飾るのはやさしく、人に見えないところで恥じることがないようにするのは難しいものです。
解説
外に向かう努力と内に向かう努力の、難しさの違いを示した一則です。人に名を知られることや、見た目を整えることは、努力すれば比較的たやすくできます。しかし自分を深く知ることや、誰も見ていないところで恥じない行いをすることは、ずっと難しいのです。隠微は人目につかないかすかなところを言います。今の時代は、発信して人に知られることや、見せ方を整えることに多くの力が注がれがちです。その分だけ、自分を省みる時間や、見えないところでの誠実さが置き去りになっていないか、考えてみたいものです。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
修身慎独自知内省誠実
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