酔古堂剣掃 / 集豪・忍びて熟する處に到る
忍到熟處則憂患消,談到真時則天地贅。
新字:忍到熟処則憂患消,談到真時則天地贅。
書き下し
忍びて熟する處に到れば則ち憂患消え、談じて真なる時に到れば則ち天地も贅なり。
現代語訳
忍耐が十分に熟したところまで行けば、心配や災いは消えてしまいます。語り合って真実に至ったときには、天地さえも余計なものになります。
解説
忍耐と対話が、それぞれ行き着いた先の境地を述べた一則です。前半は、我慢がただのやせ我慢ではなく、熟して身についたとき、憂いそのものが消えると言います。忍ぶ力が自然なものになれば、もはや苦しみとして感じなくなるということでしょう。後半の贅は余計なもの、無用のものの意味で、真実を語り合えたときには、天地の広さすら要らないほど満ち足りると言います。何かを身につけるには、それが当たり前になるまで続ける必要があります。心から語り合える相手との時間も、何ものにも代えがたい宝です。
この章句が説くこと
忍対話修身真実熟達
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