酔古堂剣掃 / 集豪・安んぞ長生を用ゐん
梁公實薦一士於李於麟,士欲以謝梁,曰:「吾有長生術,不惜為公授。」梁曰:「吾名在天地間,只恐盛著不了,安用長生!」
新字:梁公実薦一士於李於麟,士欲以謝梁,曰:「吾有長生術,不惜為公授。」梁曰:「吾名在天地間,只恐盛著不了,安用長生!」
書き下し
梁公實一士を李於麟に薦む、士以て梁に謝せんと欲して、曰く、「吾に長生の術有り、公の爲に授くるを惜しまず」と。 梁曰く、「吾が名は天地の間に在り、只だ盛り著け了らざるを恐る、安んぞ長生を用ゐん」と。
現代語訳
梁公実(明の詩人梁有誉)が、ある人物を李於麟(明の詩人李攀龍)に推薦しました。その人物は梁にお礼をしようと思って言いました。「私には長生きの術があります。あなたのためなら惜しまずお教えしましょう」。梁は言いました。「私の名はすでに天地の間にある。ただ、盛りきれないほどになるのを心配しているくらいだ。どうして長生きなど必要だろうか」。
解説
明の文人梁有誉の、名声への自負を示した逸話です。梁有誉は字を公実といい、李攀龍、字は于鱗とともに、明の後七子と呼ばれる文学者の一団に数えられた人物です。推薦してもらった人が、お礼に長生きの術を授けようと申し出たのに対し、梁は、自分の名はもう天地の間に満ちていて、入りきらないのが心配なくらいだから、長生きなどいらないと断ったというのです。人は名を後世に残せば、体は滅びても生き続けるという考え方が背景にあります。長寿を願うのは人の常ですが、自分のなすべきことをなした者にとっては、命の長さはもはや問題ではないのでしょう。痛快な自負と、生死を超えた潔さが感じられます。
この章句が説くこと
名声生死自負故事文学
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