酔古堂剣掃 / 集奇・平易にして人に近づく
平易近人,會見神仙濟度;瞞心昧己,便有邪祟出來。
新字:平易近人,会見神仙済度;瞞心昧己,便有邪祟出来。
書き下し
平易にして人に近づけば、會ず神仙の濟度に見ゆ。心を瞞き己を昧ませば、便ち邪祟の出で來たる有り。
現代語訳
穏やかで気取らず人に親しめば、きっと神仙の救いに出会えるでしょう。自分の心を欺き己をくらませていれば、たちまち邪悪なたたりが出てくるのです。
解説
心の在り方が、自分の運命を招き寄せると言う対句です。平易近人は、穏やかで気取らず、人に親しみやすいことです。済度は、もとは仏教の言葉で、迷える人を救って悟りの彼岸に渡すことを言います。瞞心昧己は、自分の良心を欺き、自分をごまかすことです。邪祟は悪霊やたたりのことです。神仙やたたりという言葉を使っていますが、言いたいのは、素直で人に優しい人には自然と助けが集まり、自分をごまかす人には災いが生じる、ということでしょう。自分に正直に生き、人に親しく接していれば、いざというとき手を差し伸べてくれる人が現れるものです。
この章句が説くこと
修身誠実処世人徳因果
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