酔古堂剣掃 / 集韻・一生を枉卻す
世路中人,或圖功名,或治生產,盡自正經。爭奈大地間好風月、好山水、好書籍,了不相涉,豈非枉卻一生!
新字:世路中人,或図功名,或治生産,尽自正経。争奈大地間好風月、好山水、好書籍,了不相渉,豈非枉却一生!
書き下し
世路中の人、或いは功名を圖り、或いは生產を治む、盡く自ら正經なり。爭奈せん大地の間の好風月、好山水、好書籍に、了に相涉らざるを、豈に一生を枉卻するに非ずや。
現代語訳
世渡りをしている人々は、ある者は功名を求め、ある者は家業を営んでおり、それはそれでみなまっとうなことです。しかしどうしたことか、この大地にある美しい風月、美しい山水、すばらしい書物とまったく関わりを持たないとは、一生を無駄にしているのではないでしょうか。
解説
仕事に励む生き方を認めつつ、それだけでは惜しいと説く一則です。世路は世の中を渡っていく道、功名は手柄と名声、生産は家の生計を立てる仕事のことです。正経はまっとうで正しいことを言い、筆者はそうした努力を決して否定していません。そのうえで、争奈、つまりどうしたことか、この世の風月や山水、書籍という最高の楽しみにまったく触れずに終わるのは、一生を枉却する、すなわち無駄にしているのではないかと問いかけます。働くことと、美しいものを味わうことは両立するはずです。忙しい毎日の中にも、季節の景色や良い本に触れる時間を意識して確保したいものです。
この章句が説くこと
処世読書山水風雅人生
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