酔古堂剣掃 / 集素・善く故に托するを巧術と為す
物情以常無事為歡顏,世態以善托故為巧術。
新字:物情以常無事為歓顔,世態以善托故為巧術。
書き下し
物情は常に事無きを以て歡顏と為し、世態は善く故に托するを以て巧術と為す。
現代語訳
人の心は、いつも何事もないことを喜んで笑顔を見せます。世の中は、うまく口実にかこつけることを巧みな術だとみなします。
解説
人情と世相を冷静に観察した短い一則です。物情は人々の気持ち、世態は世の中のありさまを指します。前の句は、人は何事も起こらない平穏をもっとも喜ぶものだ、という素直な観察です。後の句の托故は、何かの理由や事情にかこつけることで、面倒を避けたり責任を逃れたりするための言い訳を指します。世の中では、そうした口実を上手に使う人が世渡り上手と見なされている、という皮肉が込められています。平穏を好む心が、かえって言い訳上手を育ててしまうという関係も読み取れます。自分が断りや遅れの理由をうまく取りつくろっていないか、ときどき点検してみたくなる一句です。
この章句が説くこと
処世世態誠実人情言い訳
関連する章句
-
孟子・離婁章句下孟子曰く、「言に實無きは不祥なり。不祥の實は、賢を蔽う者之に當る。」 <解説> この節は分かりにくい。朱注に云う、「或いは曰く、天下の言實に不祥なる者有る無し、惟れ賢を蔽い不祥の實を為すと、或いは曰く、言にして實無き者は不祥なり、故に賢を蔽い不祥の實を為す、二説同じからず、未だ孰れが是なるか知らず、疑うらくは或いは闕文有らん。」私は後説を採用し、かなり強引な解釈をした。やはり朱子の言うように闕分が有るのだろうか。
-
尚書・周官德を作せば心逸んじて日々休く、偽を作せば心勞して日々拙し。
-
論語・為政篇子曰く、詩三百、一言以て之を蔽えば、曰く、思い邪(よこしま)無しと。
-
孟子・離婁章句上孟子曰く、「下位に居りて、上に獲られざれば、民得て治む可からざるなり。上に獲らるるに道有り。友に信ぜられずんば、上に獲られず。友に信ぜらるるに道有り。親に事えて悅ばれずんば、友に信ぜられず。親に悅ばるるに道有り。身に反して誠ならずんば、親に悅ばれず。身を誠にするに道有り。善に明らかならずんば、其の身に誠ならず。是の故に誠は、天の道なり。誠を思うは、人の道なり。至誠にして動かざる者は、未だ之れ有らざるなり。誠ならずして、未だ能く動かす者有らざるなり。」
-
徒然草・第233段万の科あらじと思はば、何事にも誠ありて、人を分かず恭しく、言葉すくなからむには如かじ。男女老少みなさる人こそよけれども、殊に若くかたちよき人の、言うるはしきは、忘れがたく思ひつかるゝものなり。よろづのとがは、馴れたるさまに上手めき、所得たるけしきして、人をないがしろにするにあり。
-
尚書・君陳至治は馨香にして、神明に感ず。黍稷は馨と非ず、明德のみ惟れ馨し。