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酔古堂剣掃 / 集素・須眉皆碧なり

賀函伯坐徑山竹裏,須眉皆碧;王長公龕杜鵑樓下,雲母都紅。

新字:賀函伯坐径山竹裏,須眉皆碧;王長公龕杜鵑楼下,雲母都紅。

書き下し

賀函伯徑山の竹裏に坐せば、須眉皆碧なり。 王長公杜鵑樓の下に龕すれば、雲母都て紅なり。

現代語訳

賀函伯が径山の竹林の中に座っていると、ひげも眉もすっかり緑に染まって見えます。王長公が杜鵑楼の下に籠もって暮らすと、雲母までがすべて紅に染まって見えます。

解説

人物を景色の色で染め上げて描いた、色彩の鮮やかな対句です。賀函伯と王長公は明代の文人とみられますが、詳しいことはわかりません。徑山は杭州の名山で、禅寺でも知られる地です。竹林の緑が人のひげや眉にまで映るという誇張で、深い竹林の中の静かな時間が伝わります。後の句の杜鵑は、ほととぎすとも、つつじとも読める語で、紅い色を連想させます。雲母はきらきらと光る鉱物で、その光までが紅に染まるというのです。人がいる場所の色がその人の姿まで染めるという発想は、環境が人をつくるという見方にも通じるでしょう。

この章句が説くこと

風雅自然隠逸色彩環境

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