酔古堂剣掃 / 集素・天下と共に春風に坐す
肝膽相照,欲與天下共分秋月;意氣相許,欲與天下共坐春風。
新字:肝胆相照,欲与天下共分秋月;意気相許,欲与天下共坐春風。
書き下し
肝膽相照らし、天下と共に秋月を分かたんと欲す。 意氣相許し、天下と共に春風に坐せんと欲す。
現代語訳
心の底まで打ち明け合い、天下の人々と秋の月を分かち合いたいと思います。意気投合して互いに認め合い、天下の人々と春風の中に座りたいと思います。
解説
心を開いた交わりを天下にまで広げたいという、大らかな願いを述べた対句です。肝胆相照らすは、肝臓と胆嚢まで見せ合うように、心の奥底まで打ち明け合うことです。意気相許すは、気概が通じ合い互いを認め合うことです。秋月を分かつ、春風に坐すは、美しい季節の喜びを共にすることです。春風に坐すには、師の温かな感化を受けるという意味もあり、宋の朱光庭が程顥に学んで、春風の中に一か月座っていたようだと語った話で知られます。親しい友とだけでなく、天下の人と心を通わせたいという気宇の大きさが印象的です。
この章句が説くこと
交友誠実風雅意気仁
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