酔古堂剣掃 / 集靈・此れ循環の道なり
倚勢而凌人者,勢敗而人凌;恃財而侮人者,財散而人侮。此循環之道。
書き下し
勢ひに倚りて人を凌ぐ者は、勢ひ敗れて人に凌がる。財を恃みて人を侮る者は、財散じて人に侮らる。此れ循環の道なり。
現代語訳
権勢を頼んで人をしのぐ者は、権勢が崩れれば人にしのがれます。財産を頼んで人をあなどる者は、財産が散ればあなどられます。これが巡り巡る道理です。
解説
権力や財力を笠に着る者の末路を、因果の巡りとして示した一則です。倚勢は権勢に寄りかかること、凌人は人の上に立って押さえつけること、恃財は財力を頼みにすること、侮人は人を軽んじることです。権勢も財産も永遠に続くものではなく、それを失ったとき、かつて押さえつけられた人々から同じ仕打ちを受けることになります。循環は物事が巡り巡って元に返ることです。自分の力と思っているものの多くは、立場や肩書き、お金といった借り物にすぎません。力がある時こそ、それを持たない人に礼を尽くしておくことが、自分の将来を守ることにつながります。
この章句が説くこと
処世因果謙虚権勢財産
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『驢鞍橋』卷上扨亦心の改まる事は、因果の道理を守りたるか好き也。喩へば人我を憎むとも、我人を恨むへからす。なにが無理に人我を憎むべし、我に此因果こそ有るらん。まだ如何なる因果か有らんと思ふて我を責むべし。万事因果次第也と守つて、分別の仕置すべからず。扨も分別の仕置用に立たぬ物也。去年忠弥正雪の悪党共分別さへ能くすれは、分別の儘に成ると心得、呑込んだやうに思ひ、謀叛を企て、忽ち殺されたり。なにが天道が許してこそ。総して物毎分別次第に成る物に非す、皆天道次第に成る物也。好く是れを守れは大に心の改まる事也。
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『墨子』法儀昔の聖王、禹・湯・文・武は、兼ねて天下の百姓を愛し、率いて以て天を尊び鬼に事う。其の人を利すること多し、故に天、之を福し、立てて天子と為さしめ、天下の諸侯、皆な賓として之に事う。暴王、桀・紂・幽・厲は、兼ねて天下の百姓を惡み、率いて以て天を詬り鬼を侮る。其の人を賊うこと多し、故に天、之を禍し、遂に其の國家を失わしめ、身死して天下に僇と為り、後世の子孫、之を毁り、今に至るまで息まず。故に不善を為して以て禍を得る者は、桀・紂・幽・厲是れなり。人を愛し人を利して以て福を得る者は、禹・湯・文・武是れなり。人を愛し人を利して以て福を得る者は有り、人を惡み人を賊うて以て禍を得る者も亦た有り。
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風姿花伝・第七 別紙口伝一、抑、因果とて、よきあしき時のあるも、公案を尽して見るに、ただめづらしき、めづらしからぬの二つなり。おなじ上手にておなじ能を、昨日今日見れども、おもしろやと見えつる事の、今またおもしろくもなき時のあるは、昨日おもしろかりつる心ならひに、今日はめづらしからぬによりて、わるしと見るなり。その後またよき時のあるは、先にわるかりつるものをと思ふ心、まためづらしきに還りて、おもしろくなるなり。されば、この道をきはめをはりて見れば、花とて別にはなきものなり。奥義をきはめて、よろづにめづらしき理をわれと知るならでは、花はあるべからず。経にいはく、善悪不二、邪正一如とあり。本来より、よきあしきとは何をもて定むべきや。ただ時によりて用足る物をばよき物とし、用足らぬをあしき物とす。この風体の品々も、当世の衆人諸所にわたりて、その時のあまねき好みによりて取出す風体、これ用足る為の花なるべし。ここにこの風体をもてあそめば、かしこにまた余の風体を賞翫す。これ、人々心々の花なり。いづれをまこととせんや。ただ時に用ゆるをもて花と知るべし。
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