酔古堂剣掃 / 集醒・其の道は一の恕の字に在り
己情不可縱,當用逆之法制之,其道在一忍字;人情不可拂,當用順之法調之,其道在一恕字。
新字:己情不可縦,当用逆之法制之,其道在一忍字;人情不可払,当用順之法調之,其道在一恕字。
書き下し
己が情は縱にすべからず、當に逆の法を用ひて之を制すべし、其の道は一の忍の字に在り。 人の情は拂るべからず、當に順の法を用ひて之を調ふべし、其の道は一の恕の字に在り。
現代語訳
自分の感情は好き放題にさせてはいけません。逆らう方法で抑えるべきで、その道は「忍」の一字にあります。人の感情には逆らってはいけません。沿う方法で整えるべきで、その道は「恕」の一字にあります。
解説
自分の感情と他人の感情とで、扱い方を正反対にせよと説いた一則です。自分の情には逆らって制し、そのための工夫が忍です。他人の情には逆らわず沿いながら整え、そのための工夫が恕です。払は逆らうことです。恕は『論語』衛霊公篇で孔子が一生守るべき一字として挙げた言葉で、己の欲せざる所を人に施すなかれと説明されます。自分には厳しく、人には思いやりを持つという、儒教の修養の要点を二字にまとめた形です。人間関係がこじれるのは、たいてい自分の感情は甘やかし、人の感情には逆らうからです。その逆を意識するだけで、衝突の多くは避けられるでしょう。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
忍恕克己思いやり修身
関連する章句
-
孟子・盡心章句下孟子曰く、「人皆忍びざる所有り。之を其の忍ぶ所に達するは、仁なり。人皆為さざる所有り。之を其の為す所に達するは、義なり。人能く人を害せんと欲する無きの心を充たさば、仁勝げて用う可からざるなり。人能く穿踰する無きの心を充たさば、義勝げて用う可らざらるなり。人能く爾汝を受くる無きの實を充たさば、往く所として義為らざるは無きなり。士未だ以て言う可からずして言う、是れ言うを以て之を餂るなり。以て言う可くして言わざる、是れ言わざるを以て之を餂るなり。是れ皆穿踰の類なり。」
-
言志四録・言志晩録 別存 第十一条 老いたる轎夫を思ふ公齢十一二の時、旁近の花市を過ぐる毎に、必ず轎にて行く。一日門を出でて数百歩、轎を卸して徒行す。左右轎を勧むれども、肯ぜず。既に帰る。左右問ふ、「今日何を以て轎せざるか」と。公笑ひて曰く、「轎夫中に一老人有り。為に其の任を軽くせしのみ」と。左右皆驚嘆す。
-
孟子・梁惠王章句上孟子、梁の襄王に見ゆ。出でて人に語げて曰く、「之を望むに人君に似ず。之に就くに畏るる所を見ず。卒然として問うて曰く、『天下惡にか定まらん。』吾對えて曰く、『一に定まらん。』『孰か能く之を一にせん。』對えて曰く、『人を殺すを嗜まざる者、能く之を一にせん。』『孰か能く之に與せん。』對えて曰く、『天下與せざる莫きなり。王、夫の苗を知るか。七八月の間、旱すれば、則ち苗槁(かれる)れん。天、油然として雲を作し、沛然として雨を下さば、則ち苗浡然(ボツ・ゼン)として之に興きん。其れ是の如くなれば、孰か能く之を禦(とどめる)めん。今夫れ天下の人牧、未だ人を殺すことを嗜まざる者有らざるなり。如し人を殺すことを嗜まざる者有らば、則ち天下の民皆な領(くび)を引いて之を望まん。誠に是の如くなれば、民の之に歸すること、由ほ水の下きに就きて沛然たるがごとし。誰か能く之を禦めん。』」
-
孟子・盡心章句上孟子曰く、「佚道を以て民を使えば、勞すと雖も怨みず。生道を以て民を殺せば、死すと雖も殺す者を怨みず。」
-
孟子・盡心章句上孟子曰く、「其の為さざる所を為すこと無く、其の欲せざる所を欲すること無し。此の如きのみ。」
-
史記 衛将軍驃騎列伝然れども少くして侍中たり、貴くして、士を省みず。其の軍に従ふや、天子為に太官をして数十乗を齎らしむ。既に還るに、重車に粱肉を余し棄つ。而して士に饑うる者有り。其の塞外に在るや、卒糧に乏しく、或いは自ら振るふ能はず。而るに驃騎は尚ほ域を穿ちて蹋鞠す。事此の類多し。大将軍の人と為りは仁善退譲にして、和柔を以て自ら上に媚ぶ。然れども天下未だ称する有らざるなり。驃騎将軍は四年の軍より後三年、