酔古堂剣掃 / 集醒・人有り來りて我を罵る
寒山詩云:「有人來罵我,分明了了知,雖然不應對,卻是得便宜。」此言宜深玩味。
新字:寒山詩云:「有人来罵我,分明了了知,雖然不応対,却是得便宜。」此言宜深玩味。
書き下し
寒山の詩に云ふ、「人有り來りて我を罵る、分明に了了として知る、應對せずと雖も、卻つて是れ便宜を得たり」と。此の言宜しく深く玩味すべし。
現代語訳
寒山の詩にこうあります。「ある人がやって来て私を罵った。私はそれをはっきりと承知している。言い返しはしないが、かえってそれで得をしたのだ」。この言葉は深く味わうべきです。
解説
唐の詩僧寒山の詩を引いて、罵られても言い返さないことの得を説いた一則です。寒山は天台山に住んだ伝説的な隠者で、拾得とともに禅画の題材としても知られます。罵られたことははっきりわかっているが、言い返さない。そうするとかえって得をする、というのです。言い返せば争いになり、心も乱れ、相手と同じ土俵に立ってしまいます。黙っていれば、心の平静を保ち、争いを避け、相手の言葉は相手に返っていきます。了了として知るという点が大切で、気づかないふりをするのではなく、わかったうえで応じないのです。腹の立つことを言われたとき、すぐに言い返す前に、この詩を思い出してみてはいかがでしょうか。
この章句が説くこと
忍寛容禅処世不争
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