酔古堂剣掃 / 集醒・兩強相敵すれば俱に敗る
兩刃相迎俱傷,兩強相敵俱敗。
新字:両刃相迎倶傷,両強相敵倶敗。
書き下し
兩刃相迎ふれば俱に傷つき、兩強相敵すれば俱に敗る。
現代語訳
二つの刃がぶつかり合えばどちらも傷つき、二つの強者が敵対すればどちらも敗れます。
解説
強い者どうしの争いが、双方の破滅を招くことを述べた短い対句です。両刃とは向かい合う二本の刃、両強とは二つの強い勢力のことです。刃と刃が正面からぶつかれば、どちらも刃こぼれします。強い者どうしが真っ向から争えば、勝った側も深い傷を負い、結局は両方とも敗れたのと同じことになります。『戦国策』などにも、二虎が争えば一方は死に一方は傷つく、そこへ漁夫がやってきて利を得る、という類の話が多く見えます。会社どうしの消耗戦や、有能な人どうしの意地の張り合いは、周りから見ると損ばかりです。自分が強いと思うときほど、正面衝突を避け、共に生きる道を探る知恵を持ちたいものです。
この章句が説くこと
争い和合処世忍謙虚
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