酔古堂剣掃 / 集醒・一念の善は吉神之に隨ふ
一念之善,吉神隨之;一念之惡,厲鬼隨之。知此可以役使鬼神。
新字:一念之善,吉神随之;一念之悪,厲鬼随之。知此可以役使鬼神。
書き下し
一念の善は、吉神之に隨ひ、一念の惡は、厲鬼之に隨ふ。此を知らば以て鬼神を役使すべし。
現代語訳
一つの善い思いには吉い神がつき従い、一つの悪い思いには祟りをなす悪鬼がつき従います。このことを知れば、鬼神を思うままに使いこなすことができます。
解説
心に浮かぶ一つの思いが、吉凶を呼び寄せると説く一則です。一念はほんの一瞬の心の動き、吉神は幸いをもたらす神、厲鬼は祟りをなす悪い霊です。善い思いを抱けば吉神がそばに寄り添い、悪い思いを抱けば厲鬼がつきまとうというのです。そして、このことを知っていれば、鬼神を役使する、つまり自分の心がけ次第で吉凶を動かせると結びます。鬼神の話はたとえですが、要は運命を左右するのは外の力ではなく自分の心だということです。怒りや妬みにとらわれると物事がうまく運ばず、穏やかで善意ある心でいると不思議と助けが現れる、という経験は誰にでもあるでしょう。一瞬の思いを大切にしたいものです。
この章句が説くこと
善悪一念禍福修身心境
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