酔古堂剣掃 / 集醒・松柏の質は霜を經て彌〻茂る
蒲柳之姿,望秋而零;松柏之質,經霜彌茂。
新字:蒲柳之姿,望秋而零;松柏之質,経霜弥茂。
書き下し
蒲柳の姿は、秋を望みて零ち、松柏の質は、霜を經て彌〻茂る。
現代語訳
川柳のようなか弱い姿は、秋が近づくとすぐに葉を落とします。松や柏(ひのき)のような質は、霜を経てますます茂ります。
解説
弱い体質と強い資質を、植物にたとえて対比した対句です。『世説新語』に、晋の顧悦が年若くして白髪になった理由を問われ、蒲柳の姿は秋を望んで落ち、松柏の質は霜を経ていよいよ茂ると答えた話があります。蒲柳は川辺の柳で、弱く衰えやすいもののたとえ、松柏は冬も枯れない常緑樹で、節操の固さのたとえです。論語にも、歳寒くして然る後に松柏の彫むに後るるを知るという言葉があります。順調なときには誰が強いか分かりませんが、厳しい時期になると、すぐに衰える人と、かえって生き生きする人とに分かれます。苦しい時期こそ、自分が蒲柳か松柏かが試されていると思って踏みとどまりたいものです。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
逆境節操忍耐修身気骨
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