孫子 / 勢篇
孫子曰:凡治衆如治寡,分數是也;鬥衆如鬥寡,形名是也;三軍之衆,可使必受敵而無敗者,奇正是也;兵之所加,如以碫投卵者,虛實是也。
新字:孫子曰:凡治衆如治寡,分数是也;鬥衆如鬥寡,形名是也;三軍之衆,可使必受敵而無敗者,奇正是也;兵之所加,如以碫投卵者,虚実是也。
書き下し
孫子曰く、凡そ衆を治むること寡を治むるが如くなるは、分数是なり。衆を闘わしむること寡を闘わしむるが如くなるは、形名是なり。三軍の衆、必ず敵を受けて敗るる無からしむべき者は、奇正是なり。兵の加うる所、碫を以て卵に投ずるが如き者は、虚実是なり。
現代語訳
大人数を少人数のように治められるのは、編成と人数の区分ができているからである。大人数を少人数のように戦わせられるのは、旗と鳴り物による合図が整っているからだ。全軍が敵を迎え撃って敗れないのは、正攻法と奇策の組み合わせによる。攻撃が砥石を卵に投げつけるように効くのは、実を避けて虚を撃っているからである。
解説
組織を大きくしても動きが鈍らないための四条件を並べた一段である。分数は編成、形名は情報伝達、奇正は戦法の組み立て、虚実は狙いどころ。注目すべきは、最初の二つが仕組みの話だという点だ。人が増えると回らなくなる組織は、たいてい編成と伝達を人数に合わせて更新していない。十人でうまくいったやり方を百人で続ければ、必ず詰まる。規模が変わったら仕組みを変える、という当たり前が最初に置かれている。
この章句が説くこと
分数形名奇正虚実組織規模
関連する章句
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『長短経』教戦故に曰く、衆を治むること寡を治むるが如きは、分数是れなり〔部曲を分と為し、什五を数と為す〕。衆を闘わすこと少なきを闘わすが如きは、形名是れなり〔旌旗を形と曰い、金鼓を名と曰う〕。言相聞こえず、故に鼓鐸を為る。視相見えず、故に旌旗を為る。夫れ金鼓旌旗は、人の耳目を一にする所以なり〔夜戦には火鼓多く、昼戦には旌旗多し。人の耳目を変ずる所以なり〕。是に知る、鼓鞞金鐸は、耳を威す所以なり。旌旗麾章は、目を威す所以なり。禁令刑罰は、心を威す所以なり。耳は声に威さるれば、清ならざるべからず。目は色に威さるれば、明ならざるべからず。心は罰に威さるれば、厳ならざるべからず。三者立たざれば、勝つと雖も必ず敗る。故に曰く「将の麾く所、従いて移らざる莫く、将の指す所、前みて死せざる莫し」と。紛紛紜紜として、闘い乱るるも乱すべからず。混混沌沌として、形円くして敗るべからず。此れ衆を用うるの法なり。
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孫子・勢篇紛紛紜紜として、闘い乱れて乱すべからず。渾渾沌沌として、形円くして敗るべからず。乱は治に生じ、怯は勇に生じ、弱は強に生ず。治乱は数なり、勇怯は勢なり、強弱は形なり。
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孫子・勢篇凡そ戦いは、正を以て合い、奇を以て勝つ。故に善く奇を出だす者は、窮まり無きこと天地の如く、竭きざること江海の如し。終わりて復た始まるは、日月是なり。死して復た生ずるは、四時是なり。
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孫子・始計篇一に曰く道、二に曰く天、三に曰く地、四に曰く将、五に曰く法。
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孫子・虚実篇故に人に形せしめて我に形無ければ、則ち我は専まりて敵は分かる。我専まりて一と為り、敵分かれて十と為らば、是れ十を以て其の一を攻むるなり。則ち我は衆くして敵は寡なし。能く衆を以て寡を撃つ者は、則ち吾の与に戦う所の者、約なり。
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呉子・治兵篇武侯問いて曰く、「兵は何を以て勝と為す」と。起対えて曰く、「治を以て勝と為す」と。又た問いて曰く、「衆寡に在らざるか」と。対えて曰く、「若し法令明らかならず、賞罰信ならず、之を金するも止まらず、之を鼓するも進まずんば、百万有りと雖も、何ぞ用に益あらん。所謂る治なる者は、居れば則ち礼有り、動けば則ち威有り、進めば当たるべからず、退けば追うべからず、前却に節有り、左右麾に応じ、絶ゆと雖も陳を成し、散ずと雖も行を成す。之と安んじ、之と危うくす。其の衆は合すべくして離すべからず、用うべくして疲らすべからず。之を往く所に投ずれば、天下当たる莫し。名づけて父子の兵と曰う」と。