修証義 / 第二章 懺悔滅罪
然あれば誠心を專らにして前佛に懺悔すべし。恁麼するとき前佛懺悔の功德力、我を拯ひて清淨ならしむ。此功德能く無礙の淨信精進を生長せしむるなり。淨信一現するとき、自佗同く轉ぜらるゝなり。其利益普く情非情に蒙らしむ。
新字:然あれば誠心を専らにして前仏に懺悔すべし。恁麼するとき前仏懺悔の功徳力、我を拯ひて清浄ならしむ。此功徳能く無礙の浄信精進を生長せしむるなり。浄信一現するとき、自佗同く転ぜらるゝなり。其利益普く情非情に蒙らしむ。
書き下し
然あれば誠心を専らにして前仏に懺悔すべし。恁麼するとき前仏懺悔の功徳力、我を拯ひて清浄ならしむ。此功徳能く無礙の浄信精進を生長せしむるなり。浄信一現するとき、自佗同く転ぜらるゝなり。其利益普く情非情に蒙らしむ。
現代語訳
そうであるから、まごころを一つにして仏の前で懺悔しなさい。そうするとき、仏の前で懺悔した功徳の力が私を救って清らかにしてくださる。この功徳は、何ものにも妨げられない清らかな信心と精進を育て伸ばしてくれるのである。清らかな信心がひとたび現れるとき、自分も他人も同じように変えられていく。その利益は、心あるものにも心なきものにも、広く及ぶのである。
解説
懺悔は自分だけの内面の問題に見えるが、この節はその効果が他者にまで及ぶと言う。一人が誠実に過ちを認めることで、周囲の空気も変わっていく。情非情は人や動物だけでなく、草木や物までを含む言い方で、影響の広がりを最大限に表している。上に立つ者が率直に非を認めたとき、組織全体が変わるのを見たことのある人には、実感をもって読める節だろう。誠実さは伝染するという主張である。
この章句が説くこと
懺悔浄信精進自他影響誠実
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孟子・離婁章句下孟子曰く、「言に實無きは不祥なり。不祥の實は、賢を蔽う者之に當る。」 <解説> この節は分かりにくい。朱注に云う、「或いは曰く、天下の言實に不祥なる者有る無し、惟れ賢を蔽い不祥の實を為すと、或いは曰く、言にして實無き者は不祥なり、故に賢を蔽い不祥の實を為す、二説同じからず、未だ孰れが是なるか知らず、疑うらくは或いは闕文有らん。」私は後説を採用し、かなり強引な解釈をした。やはり朱子の言うように闕分が有るのだろうか。
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