修身要領 / 総論
凡そ日本国に生々する臣民は、男女老少を問はず、万世一系の帝室を奉戴して、其恩徳を仰がざるものある可らず。此一事は、満天下何人も疑を容れざる所なり。而して今日の男女が今日の社会に処する道を如何す可きやと云ふに、古来道徳の教、一にして足らずと雖も、徳教は人文の進歩と共に変化するの約束にして、日新文明の社会には自から其社会に適するの教なきを得ず。即ち修身処世の法を新にするの必要ある所以なり。
書き下し
およそ日本国に生々する臣民は、男女老少を問わず、万世一系の帝室を奉戴して、その恩徳を仰がざるものあるべからず。この一事は、満天下何人も疑いを容れざる所なり。しかして今日の男女が今日の社会に処する道をいかにすべきやと言うに、古来道徳の教え、一にして足らずといえども、徳教は人文の進歩とともに変化するの約束にして、日新文明の社会にはおのずからその社会に適するの教えなきを得ず。すなわち修身処世の法を新たにするの必要ある所以なり。
現代語訳
そもそも日本国に生きる臣民は、男女も老いも若きも問わず、万世一系の皇室を戴き、その恩徳を仰がない者はありません。このことは、天下のだれ一人として疑いをはさむ余地のないところです。それでは、今日の男女が今日の社会で生きていく道をどうすべきかといえば、古くから道徳の教えは一つだけでは足りませんでしたが、道徳の教えは人間社会の進歩とともに変わっていくのが定めであり、日々新しくなる文明の社会には、おのずからその社会に合った教えがなければなりません。ここに、身を修め世を渡る方法を新しくする必要がある理由があります。
解説
総論の冒頭は、皇室への敬いを当然の前提として置き、そのうえで道徳は時代とともに変わるものだと述べます。前半は1900年当時の国家観の表れで、発表後に国体や忠孝を欠くとの批判を受けたことを思えば、慶應義塾側が配慮を示した部分とも読めます。ただ、この文章の主眼は後半にあります。古い教えをそのまま使うのではなく、今の社会に合う教えを新たに作るべきだという主張です。働き方や価値観が大きく動く現代の組織でも、昔の成功体験や行動規範を見直す姿勢は欠かせません。何を守り、何を更新するかを分けて考えたいところです。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
日新文明修身処世徳教の変化万世一系臣民古来の道徳
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修身要領・前書き文明日新の修身処世法は、いかなる主義により、いかなる方向に進むべきやとは、今の青年学生の大いに惑う所にして、先輩に対してしばしば質問を起こすものあり。福沢先生これに答うるためにとて、生らに嘱して文案を草せしむ。すなわち先生平素の言行に基づき、その大要を述べて、先生の閲覧を乞い、これを修身要領と名づけ、学生に示すこと左のごとし。 明治三十三年二月紀元節 慶応義塾社中某々誌
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福沢諭吉小品集・修身要領・第1段文明日新の修身処世法は、如何なる主義に依り如何なる方向に進む可きやとは、今の青年学生の大に惑ふ所にして、先輩に対して屡質問を起すものあり。福沢先生これに答ふる為めにとて、生等に嘱して文案を草せしむ。即ち先生平素の言行に基き、其大要を述べて、先生の閲覧を乞ひ、之を修身要領と名け、学生に示すこと左の如し。 明治三十三年二月紀元節 慶応義塾社中某々誌 凡そ日本国に生々する臣民は、男女老少を問はず、万世一系の帝室を奉戴して、其恩徳を仰がざるものある可らず。此一事は、満天下何人も疑を容れざる所なり。而して今日の男女が今日の社会に処する道を如何す可きやと云ふに、古来道徳の教、一にして足らずと雖も、徳教は人文の進歩と共に変化するの約束にして、日新文明の社会には自から其社会に適するの教なきを得ず。即ち修身処世の法を新にするの必要ある所以なり。 第一条 人は人たるの品位を進め、智徳を研き、ます/\其光輝を発揚するを以て、本分と為さざる可らず。吾党の男女は、独立自尊の主義を以て修身処世の要領と為し、之を服膺して、人たるの本分を全うす可きものなり。 第二条 心身の独立を全うし、自から其身を尊重して、人たるの品位を辱めざるもの、之を独立自尊の人と云ふ。 第三条 自から労して自から食ふは、人生独立の本源なり。独立自尊の人は自労自活の人たらざる可らず。 第四条 身体を大切にし健康を保つは、人間生々の道に欠く可らざるの要務なり。常に心身を快活にして、苟めにも健康を害するの不養生を戒む可し。 第五条 天寿を全うするは人の本分を尽すものなり。原因事情の如何を問はず、自から生命を害するは、独立自尊の旨に反する背理卑怯の行為にして、最も賤む可き所なり。 第六条 敢為活溌堅忍不屈の精神を以てするに非ざれば、独立自尊の主義を実にするを得ず。人は進取確守の勇気を欠く可らず。 第七条 独立自尊の人は、一身の進退方向を他に依頼せずして、自から思慮判断するの智力を具へざる可らず。 第八条 男尊女卑は野蛮の陋習なり。文明の男女は同等同位、互に相敬愛して各その独立自尊を全からしむ可し。
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『論語と算盤』人格と修養・権威ある人格養成法現代青年に取って最も切実に必要を感じつつあるものは人格の修養である。維新以前までは、社会に道徳的の教育が比較的盛んな状態であったが、西洋文化の輸入するにつれて思想界に少なからざる変革を来し、今日の有様ではほとんど道徳は混沌時代となった。すなわち儒教は古いとして退けられたから、現時の青年にはこれが十分咀嚼されておらず、というて耶蘇教が一般の道徳律になっている訳ではなおさらなし、明治時代の新道徳が別に成立したのでもないから、思想界は全くの動揺期で、国民はいずれに帰嚮してよいか、ほとんど判断にさえ苦しんでいる位である。したがって一般青年の間に人格の修養ということはほとんど閑却されているかの感なきを得ないが、これは実に憂うべき趨向である。
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修身要領・第一条人は人たるの品位を進め、智徳を磨き、ますますその光輝を発揚するをもって、本分となさざるべからず。吾党の男女は、独立自尊の主義をもって修身処世の要領となし、これを服膺して、人たるの本分を全うすべきものなり。
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修身要領・第二十四条日本国民は男女を問わず、国の独立自尊を維持するがためには、生命財産を賭して敵国と戦うの義務あるを忘るべからず。
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『新論』國體上夫れ方今古を去ること遠しと雖も、仰ぐ所の至尊は則ち儼然として天祖の正胤なり。治むる所の蒼生は、則ち依然として天祖の愛養したまふ所の裔孫なり。苟も能く人心の磨滅すべからざる者に因りて、之が教条を設け、神聖の天下を淬礪したまふ所以の意に原づき、天に事へ先を祀り本に報い始めに反り、因りて以て君臣の義を正し、父子の親を敦くし、万民を槖籥して、以て一心と為さば、豈に甚だ為し難からんや。此れ乃ち千載の一時、必ず失ふべからざるの機なり。臣是を以て弊の由りて生ずる所を審らかにせんと欲し、邪説の害に眷眷たらざるを得ざるなり。夫れ英雄は通変神化し、為すべからざるの時無く、為すべからざるの事無し。而して帝王の恃みて以て四海を保つ所の者は、天人の大道なり。其の文は変ずべきも、其の義は易ふべからず。則ち神聖の天地を経緯し億兆をして皆其の上に親しみて離るるに忍びざらしむる所以の意は、今日と雖も亦復た行ふべからざる者無し。今時勢の変なり、邪説の害なり、天下其の弊に勝へずと雖も、而も之を更張作新せんと欲すれば、顧ふに之を処する所以の方何如なるのみ。