修身要領 / 前書き
文明日新の修身処世法は、如何なる主義に依り如何なる方向に進む可きやとは、今の青年学生の大に惑ふ所にして、先輩に対して屡〻質問を起すものあり。福沢先生これに答ふる為めにとて、生等に嘱して文案を草せしむ。即ち先生平素の言行に基き、其大要を述べて、先生の閲覧を乞ひ、之を修身要領と名け、学生に示すこと左の如し。 明治三十三年二月紀元節 慶応義塾社中某々誌
書き下し
文明日新の修身処世法は、いかなる主義により、いかなる方向に進むべきやとは、今の青年学生の大いに惑う所にして、先輩に対してしばしば質問を起こすものあり。福沢先生これに答うるためにとて、生らに嘱して文案を草せしむ。すなわち先生平素の言行に基づき、その大要を述べて、先生の閲覧を乞い、これを修身要領と名づけ、学生に示すこと左のごとし。 明治三十三年二月紀元節 慶応義塾社中某々誌
現代語訳
文明が日々に新しくなっていく時代に、身を修め世を渡る方法は、どのような主義に基づき、どちらの方向へ進むべきなのか。これは今の青年学生が大いに迷っているところで、先輩にたびたび質問する人もいます。福沢先生はこれに答えるために、私たちに頼んで文案を作らせました。そこで先生が日ごろ語り行ってこられたことに基づいて、その大要を述べ、先生にご覧いただくことを願い、これを修身要領と名づけて、学生に示すのは次のとおりです。 明治三十三年二月、紀元節 慶應義塾の仲間の某々が記す
解説
『修身要領』の本文に入る前の序文で、条文そのものではありません。語るのは福沢本人ではなく、案を作った門下の側です。変化の速い時代に、どう生きればよいかと青年たちが迷っていた。先輩に問う声が絶えず、福沢が答えるために文案を作らせた、という経緯がここに明かされます。福沢が日ごろ語ったことを土台にし、本人の閲覧を乞うて世に出した点も大切です。現代でも、会社の理念や行動指針は、創業者の言葉を後進が文章にして形になることが多いものです。誰が誰の考えを、何のために言葉にしたのか。その成り立ちを知ると、条文の読み方も変わります。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
文明日新修身処世福沢諭吉慶応義塾門下青年学生
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福沢諭吉小品集・修身要領・第1段文明日新の修身処世法は、如何なる主義に依り如何なる方向に進む可きやとは、今の青年学生の大に惑ふ所にして、先輩に対して屡質問を起すものあり。福沢先生これに答ふる為めにとて、生等に嘱して文案を草せしむ。即ち先生平素の言行に基き、其大要を述べて、先生の閲覧を乞ひ、之を修身要領と名け、学生に示すこと左の如し。 明治三十三年二月紀元節 慶応義塾社中某々誌 凡そ日本国に生々する臣民は、男女老少を問はず、万世一系の帝室を奉戴して、其恩徳を仰がざるものある可らず。此一事は、満天下何人も疑を容れざる所なり。而して今日の男女が今日の社会に処する道を如何す可きやと云ふに、古来道徳の教、一にして足らずと雖も、徳教は人文の進歩と共に変化するの約束にして、日新文明の社会には自から其社会に適するの教なきを得ず。即ち修身処世の法を新にするの必要ある所以なり。 第一条 人は人たるの品位を進め、智徳を研き、ます/\其光輝を発揚するを以て、本分と為さざる可らず。吾党の男女は、独立自尊の主義を以て修身処世の要領と為し、之を服膺して、人たるの本分を全うす可きものなり。 第二条 心身の独立を全うし、自から其身を尊重して、人たるの品位を辱めざるもの、之を独立自尊の人と云ふ。 第三条 自から労して自から食ふは、人生独立の本源なり。独立自尊の人は自労自活の人たらざる可らず。 第四条 身体を大切にし健康を保つは、人間生々の道に欠く可らざるの要務なり。常に心身を快活にして、苟めにも健康を害するの不養生を戒む可し。 第五条 天寿を全うするは人の本分を尽すものなり。原因事情の如何を問はず、自から生命を害するは、独立自尊の旨に反する背理卑怯の行為にして、最も賤む可き所なり。 第六条 敢為活溌堅忍不屈の精神を以てするに非ざれば、独立自尊の主義を実にするを得ず。人は進取確守の勇気を欠く可らず。 第七条 独立自尊の人は、一身の進退方向を他に依頼せずして、自から思慮判断するの智力を具へざる可らず。 第八条 男尊女卑は野蛮の陋習なり。文明の男女は同等同位、互に相敬愛して各その独立自尊を全からしむ可し。
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修身要領・総論およそ日本国に生々する臣民は、男女老少を問わず、万世一系の帝室を奉戴して、その恩徳を仰がざるものあるべからず。この一事は、満天下何人も疑いを容れざる所なり。しかして今日の男女が今日の社会に処する道をいかにすべきやと言うに、古来道徳の教え、一にして足らずといえども、徳教は人文の進歩とともに変化するの約束にして、日新文明の社会にはおのずからその社会に適するの教えなきを得ず。すなわち修身処世の法を新たにするの必要ある所以なり。
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修身要領・第一条人は人たるの品位を進め、智徳を磨き、ますますその光輝を発揚するをもって、本分となさざるべからず。吾党の男女は、独立自尊の主義をもって修身処世の要領となし、これを服膺して、人たるの本分を全うすべきものなり。
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修身要領・第二十七条吾々今代の人民は、先代前人より継承したる社会の文明福利を増進して、これを子孫後世に伝うるの義務を尽さざるべからず。
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『学問のすゝめ』初編・ともに全国の太平を護らん今の世に生まれ報国の心あらん者は、必ずしも身を苦しめ思いを焦がすほどの心配あるにあらず。ただその大切なる目当ては、この人情に基づきて、まず一身の行ないを正し、厚く学に志し、博く事を知り、銘々の身分に相応すべきほどの智徳を備えて、政府はその政を施すに易く、諸民はその支配を受けて苦しみなきよう、互いにその所を得て、ともに全国の太平を護らんとするの一事のみ。今余輩の勧むる学問も、もっぱらこの一事をもって趣旨とせり。
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『学問のすゝめ』初編・広く世間に布告せば端書。このたび余輩の故郷中津に学校を開くにつき、学問の趣意を記して旧く交わりたる同郷の友人へ示さんがため、一冊を綴りしかば、或る人これを見ていわく、「この冊子をひとり中津の人へのみ示さんより、広く世間に布告せば、その益もまた広かるべし」との勧めにより、すなわち慶応義塾の活字版をもってこれを摺り、同志の一覧に供うるなり。明治四年未十二月。福沢諭吉、小幡篤次郎。