尚書 / 呂刑
刑罰世輕世重
新字:刑罰世軽世重
書き下し
刑罰は世々に輕く世々に重し。
現代語訳
刑罰は時代によって軽くしたり重くしたりするものである。
解説
決まりごとを機械的に一定の重さで当てはめればよいわけではなく、時代や状況に応じて緩めたり厳しくしたりする判断こそが求められるという。家庭のしつけでも、職場のルール運用でも、同じ言葉や同じ罰則がいつも同じ重みを持つとは限らない。状況を無視した杓子定規な対応は、かえって物事をこじらせることがある。原則を守りながらも、運用には状況を読む柔らかさを持たせたい。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
柔軟性時宜運用
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孟子・告子章句上孟季子、公都子に問いて曰く、「何を以て義は內と謂うや。」曰く、「吾が敬を行う。故に之を內と謂うなり。」「鄉人、伯兄より長ずること一歲ならば、則ち誰をか敬せん。」曰く、「兄を敬せん。」「酌まば則ち誰をか先にせん。」曰く、「先づ鄉人に酌まん。」「敬する所は此に在り、長ずる所は彼に在り。果して外に在り。内に由るに非ざるなり。」公都子、答うること能わず。以て孟子に告ぐ。孟子曰く、「叔父を敬せんか、弟を敬せんか、ととえ。彼將に曰んとす、『叔父を敬せん。』曰え、『弟、尸為らば、則ち誰をか敬せん。』彼將に曰んとす、『弟を敬せん。』子曰え、『惡にか在る其の叔父を敬するや。』彼將に曰んとす、『位に在るの故なり。』子亦た曰え、『位に在るの故ならば、庸の敬は兄に在り、斯須の敬は鄉人に在り。』」季子之を聞きて曰く、「叔父を敬すべければ則ち敬し、弟を敬すべければ則ち敬す。果して外に在り。内に由るに非ざるなり。」公都子曰く、「冬日は則ち湯を飲み、夏日は則ち水を飲む。然らば則ち飲食も亦た外に在るか。」
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孟子・萬章章句下孟子曰く、「伯夷は目に惡色を視ず、耳に惡聲を聽かず。其の君に非ざれば事えず、其の民に非ざれば使わず。治まれば則ち進み、亂るれば則ち退く。橫政の出づる所、橫民の止まる所、居るに忍びざるなり。鄉人と處るを思うこと、朝衣朝冠を以て塗炭に坐するが如きなり。紂の時に當り、北海の濱に居り、以て天下の清むを待てり。故に伯夷の風を聞く者は、頑夫も廉に、懦夫も志を立つる有り。伊尹曰く、『何れに事うるとして君に非ざらん。何れを使うとして民に非ざらん。』治まるも亦た進み、亂るるも亦た進む。曰く、『天の斯の民を生ずるや、先知をして後知を覺らしめ、先覺をして後覺を覺らしむ。予は天民の先覺者なり。予將に此の道を以て此の民を覺さんとす。』天下の民、匹夫匹婦も堯舜の澤を與被せざる者有るを思うこと、己が推して之を溝中に内るるが若し。其の自ら任ずるに天下の重きを以てすればなり。柳下惠は、汙君を羞ぢず、小官を辭せず。進みて賢を隱さず、必ず其の道を以てす。遺佚せられて怨みず、阨窮して憫えず、鄉人と處り、由由然として去るに忍ぶざるなり。『爾は爾為り、我は我為り。我が側に袒裼裸裎すと雖も、爾焉くんぞ能く我を浼(けがす)さんや。』故に柳下惠の風を聞く者は、鄙夫も寬に、薄夫も敦し。孔子の齊を去るや、淅(セキ)を接して行く。魯を去るや、曰く、『遲遲として吾行く。』父母の國を去るの道なり。以て速やかにす可くして速やかにす、以て久しくす可くして久しくす、以て處る可くして處る、以て仕う可くして仕うるは、孔子なり。」孟子曰く、「伯夷は、聖の清なる者なり。伊尹は、聖の任なる者なり。柳下惠は、聖の和なる者なり。孔子は、聖の時なる者なり。孔子を之れ集めて大成すと謂う。集めて大成すとは、金聲して玉之を振するなり。金聲すとは、條理を始むるなり。玉之を振すとは、條理を終うるなり。條理を始むるは、智の事なり。條理を終うるは、聖の事なり。智は譬えば則ち巧なり。聖は譬えば則ち力なり。由ほ百步の外に射るがごとし。其の至るは、爾の力なり。其の中たるは、爾の力に非ざるなり。」