尚書 / 旅獒
不作無益害有益,功乃成;不貴異物賤用物,民乃足
書き下し
無益を作して有益を害せざれば、功乃ち成る。異物を貴んで用物を賤しめざれば、民乃ち足る。
現代語訳
無益なことを行って有益なことを損なわなければ、事業は成し遂げられる。珍しい品を貴んで日用の品を軽んじることがなければ、民の暮らしは満ち足りる。
解説
無益なことに手を出して肝心なことを損なわなければ事業は実を結び、珍しさばかりを尊んで日々の実用を軽んじなければ暮らしは満ち足りるという教えである。仕事でも生活でも、目新しさや話題性についつい気を取られ、そこに時間や労力を割いた結果、本当に大切なことへの力が削がれてしまうことは少なくない。日常で当たり前に使っている地道なものを軽んじていないか、立ち止まって見直す価値のある視点である。なお、本篇は東晋期に伝わった古文尚書に属し、後世の編纂とみる説が有力である。
この章句が説くこと
選択と集中無益害有益実用
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史記 孫子呉起列伝斉の使者、梁に如く。孫臏、刑徒を以て陰かに見え、斉の使に説く。斉の使、以て奇と為し、窃かに載せて之と斉に之く。斉の将田忌、善として之を客待す。忌、数々斉の諸公子と馳逐して重射す。孫子、其の馬足の甚だしくは相ひ遠からず、馬に上・中・下の輩有るを見る。是に於いて孫子、田忌に謂ひて曰く、「君弟だ重射せよ。臣能く君をして勝たしめん」と。田忌、信じて之を然りとし、王及び諸公子と千金を逐射す。質に臨むに及び、孫子曰く、「今、君の下駟を以て彼の上駟に与し、君の上駟を取りて彼の中駟に与し、君の中駟を取りて彼の下駟に与せよ」と。既に馳すること三輩して畢り、田忌一たび勝たずして再び勝ち、卒に王の千金を得たり。是に於いて忌、孫子を威王に進む。威王、兵法を問ひ、遂に以て師と為す。
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呂氏春秋・博志②冬と夏とは兩つながら刑ること能わず、草と稼とは兩つながら成ること能わず、新穀熟して陳穀虧き、凡そ角有る者には上齒無く、果實繁き者は木必ず庳く、智を用うること褊なる者の功を遂ぐる無きは、天の數なり。故に天子は全きに處らず、極まるに處らず、盈つるに處らず。全ければ則ち必ず缺け、極まれば則ち必ず反り、盈つれば則ち必ず虧く。先王は物の兩つながら大なる可からざるを知る。故に務の當たれるを擇びて之に處す。
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『韓非子』五蠹第四十九鄙諺に曰く、「長袖は善く舞い、多錢は善く買う。」此れ多資の工を為し易きを言うなり。
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孟子・盡心章句上孟子曰く、「知者は知らざること無きなり。當に務むべきを之れ急と為す。仁者は愛せざること無きなり。賢を親しむを急にするを之れ務と為す。堯舜の知にして物に遍からざるは、先務を急にすればなり。堯舜の仁にして人を愛するに遍らざるは、賢を親しむを急にすればなり。三年の喪を能くせずして、緦(シ)・小功を之れ察し、放飯・流歠(セツ)して、齒決すること無きを問う、是を之れ務めを知らずと謂う。」
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