尚書 / 書序
仲丁遷于囂,作《仲丁》。河亶甲居相,作《河亶甲》。祖乙圯于耿,作《祖乙》。盤庚五遷,將治亳殷,民咨胥怨。作《盤庚三篇》。高宗夢得說,使百工營求諸野,得諸傅巖,作《說命三篇》。高宗祭成湯,有飛雉升鼎耳而雊,祖己訓諸王,作《高宗肜日》、《高宗之訓》。殷始咎周,周人乘黎。祖伊恐,奔告于受,作《西伯戡黎》。殷旣錯天命,微子作《誥父師少師》。惟十有一年,武王伐殷。一月戊午,師渡孟津,作《泰誓三篇》。武王戎車三百兩,虎賁三百人,與受戰于牧野,作《牧誓》。武王伐殷,往伐,歸獸,識其政事,作《武成》。武王勝殷殺受,立武庚,以箕子歸。作《洪範》。武王既勝殷,邦諸侯,班宗彝,作《分器》。西旅獻獒,太保作《旅獒》。巢伯來朝,芮伯作《旅巢命》。武王有疾,周公作《金縢》。武王崩,三監及淮夷叛,周公相成王,將黜殷,作《大誥》。成王既黜殷命,殺武庚,命微子啟代殷後,作《微子之命》。唐叔得禾,異畝同穎,獻諸天子。王命唐叔歸周公于東,作《歸禾》。周公既得命禾,旅天子之命,作《嘉禾》。成王既伐管叔、蔡叔,以殷餘民封康叔,作《康誥》、《酒誥》、《梓材》。成王在豐,欲宅洛邑,使召公先相宅,作《召誥》。召公旣相宅,周公往營成周,使來告卜,作《洛誥》。成周既成,遷殷頑民,周公以王命告,作《多士》。
新字:仲丁遷于囂,作《仲丁》。河亶甲居相,作《河亶甲》。祖乙圯于耿,作《祖乙》。盤庚五遷,将治亳殷,民咨胥怨。作《盤庚三篇》。高宗夢得説,使百工営求諸野,得諸傅巖,作《説命三篇》。高宗祭成湯,有飛雉升鼎耳而雊,祖己訓諸王,作《高宗肜日》、《高宗之訓》。殷始咎周,周人乗黎。祖伊恐,奔告于受,作《西伯戡黎》。殷既錯天命,微子作《誥父師少師》。惟十有一年,武王伐殷。一月戊午,師渡孟津,作《泰誓三篇》。武王戎車三百両,虎賁三百人,与受戦于牧野,作《牧誓》。武王伐殷,往伐,帰獣,識其政事,作《武成》。武王勝殷殺受,立武庚,以箕子帰。作《洪範》。武王既勝殷,邦諸侯,班宗彝,作《分器》。西旅献獒,太保作《旅獒》。巣伯来朝,芮伯作《旅巣命》。武王有疾,周公作《金縢》。武王崩,三監及淮夷叛,周公相成王,将黜殷,作《大誥》。成王既黜殷命,殺武庚,命微子啓代殷後,作《微子之命》。唐叔得禾,異畝同穎,献諸天子。王命唐叔帰周公于東,作《帰禾》。周公既得命禾,旅天子之命,作《嘉禾》。成王既伐管叔、蔡叔,以殷余民封康叔,作《康誥》、《酒誥》、《梓材》。成王在豊,欲宅洛邑,使召公先相宅,作《召誥》。召公既相宅,周公往営成周,使来告卜,作《洛誥》。成周既成,遷殷頑民,周公以王命告,作《多士》。
書き下し
仲丁、囂(がう)に遷る。『仲丁』を作る。河亶甲(かたんかふ)、相に居る。『河亶甲』を作る。祖乙、耿(かう)に圯(やぶ)る。『祖乙』を作る。盤庚五たび遷り、将に亳殷を治めんとす。民咨(なげ)き胥(あひ)怨む。『盤庚三篇』を作る。高宗、夢に説(えつ)を得て、百工をして諸(これ)を野に営求せしめ、諸を傅巌(ふがん)に得たり。『説命三篇』を作る。高宗成湯を祭る。飛雉有りて鼎の耳に升りて雊(な)く。祖己、諸(これ)を王に訓(をし)ふ。『高宗肜日』『高宗之訓』を作る。殷始めて周を咎(とが)む。周人黎に乗(か)つ。祖伊恐れ、奔りて受に告ぐ。『西伯戡黎』を作る。殷既に天命を錯(うしな)ひ、微子『誥父師少師』を作る。惟れ十有一年、武王殷を伐つ。一月戊午、師孟津を渡る。『泰誓三篇』を作る。武王の戎車三百両、虎賁(こほん)三百人、受と牧野に戦ふ。『牧誓』を作る。武王殷を伐ち、往きて伐ち、帰りて獣(しう)し、其の政事を識(しる)す。『武成』を作る。武王殷に勝ちて受を殺し、武庚を立て、箕子を以て帰る。『洪範』を作る。武王既に殷に勝ち、諸侯を邦(ほう)じ、宗彝(そうい)を班(わか)つ。『分器』を作る。西旅、獒(がう)を献じ、太保『旅獒』を作る。巣伯来朝し、芮伯(ぜいはく)『旅巣命』を作る。武王疾有り、周公『金縢』を作る。武王崩じ、三監及び淮夷叛く。周公成王に相として、将に殷を黜けんとす。『大誥』を作る。成王既に殷の命を黜け、武庚を殺し、微子啓に命じて殷の後に代へしむ。『微子之命』を作る。唐叔、禾(か)の畝を異にして穎を同じくするを得て、諸(これ)を天子に献ず。王、唐叔に命じて周公に東に帰(おく)らしむ。『帰禾』を作る。周公既に命禾を得て、天子の命を旅(の)ぶ。『嘉禾』を作る。成王既に管叔・蔡叔を伐ち、殷の余民を以て康叔を封ず。『康誥』『酒誥』『梓材』を作る。成王豊に在りて、洛邑に宅(を)らんと欲し、召公をして先づ宅を相(み)しむ。『召誥』を作る。召公既に宅を相し、周公往きて成周を営み、来たりて卜を告げしむ。『洛誥』を作る。成周既に成り、殷の頑民を遷し、周公王命を以て告ぐ。『多士』を作る。
現代語訳
【仲丁】仲丁(ちゅうてい、殷の王)は都を囂(ごう)に移した。そこで『仲丁』が作られた。【河亶甲】河亶甲(かたんこう)は相(しょう)の地に住んだ。そこで『河亶甲』が作られた。【祖乙】祖乙(そいつ)の都は耿(こう)で水害に壊された。そこで『祖乙』が作られた。【盤庚】盤庚(ばんこう)は都を五度移し、亳殷を治めようとしたが、民は嘆き、互いに怨んだ。そこで『盤庚』三篇が作られた。【説命】高宗(こうそう、殷の武丁)は夢に傅説(ふえつ)という賢者を見て、役人たちに野を探し求めさせ、傅巌(ふがん)の地で彼を得た。そこで『説命』三篇が作られた。【高宗肜日・高宗之訓】高宗が成湯を祭ったとき、飛んできた雉が鼎の耳にとまって鳴いた。祖己(そき、殷の賢臣)はこれについて王を戒めた。そこで『高宗肜日』『高宗之訓』が作られた。【西伯戡黎】殷がはじめて周をとがめ、周の人々は黎(れい)の国に勝った。祖伊(そい、殷の臣)は恐れ、走って受(じゅ、殷の紂王)に告げた。そこで『西伯戡黎』が作られた。【微子】殷はすでに天命を失い、微子(びし、紂王の庶兄)が『父師・少師に誥ぐ』を作った。【泰誓】(文王の受命から)十一年、武王は殷を討った。一月戊午の日、軍は孟津(もうしん、黄河の渡し場)を渡った。そこで『泰誓』三篇が作られた。【牧誓】武王は兵車三百両、勇士三百人を率いて、受と牧野で戦った。そこで『牧誓』が作られた。【武成】武王は殷を討ち、出征して戦い、帰って狩りの礼を行い、その政事を記した。そこで『武成』が作られた。【洪範】武王は殷に勝って受を殺し、武庚(ぶこう、紂の子)を立て、箕子(きし、紂の叔父)を連れて帰った。そこで『洪範』が作られた。【分器】武王は殷に勝ったのち、諸侯を封じ、祖先を祀る祭器を分け与えた。そこで『分器』が作られた。【旅獒】西方の旅の国が大きな犬を献上し、太保(召公)が『旅獒』を作った。【旅巣命】巣伯(巣の国の君)が来朝し、芮伯(ぜいはく)が『旅巣命』を作った。【金縢】武王が病気になり、周公が『金縢』を作った。【大誥】武王が亡くなり、三監(殷の遺民を見張らせた管叔・蔡叔・霍叔)と淮夷(わいい、淮水流域の異民族)が背いた。周公は成王を補佐して殷を退けようとした。そこで『大誥』が作られた。【微子之命】成王は殷の天命を退け、武庚を殺し、微子啓に命じて殷の子孫の家を継がせた。そこで『微子之命』が作られた。【帰禾】唐叔(とうしゅく、成王の弟)が、別々の畝から生えて一つの穂になった稲を得て、天子に献上した。王は唐叔に命じて、それを東方にいる周公に届けさせた。そこで『帰禾』が作られた。【嘉禾】周公はその稲と命を受け取り、天子の命をたたえ述べた。そこで『嘉禾』が作られた。【康誥・酒誥・梓材】成王は管叔と蔡叔を討ったのち、殷の遺民を康叔(こうしゅく、武王の弟)に与えて封じた。そこで『康誥』『酒誥』『梓材』が作られた。【召誥】成王は豊(ほう)の都にいて、洛邑に都を置こうと望み、召公(しょうこう)にまず土地を見させた。そこで『召誥』が作られた。【洛誥】召公が土地を見終えると、周公が出向いて成周の造営にあたり、使いをよこして占いの結果を告げさせた。そこで『洛誥』が作られた。【多士】成周が完成すると、殷の頑なな民を移住させ、周公が王命として彼らに告げた。そこで『多士』が作られた。
解説
関連する章句
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尚書・書序周公、王の政に怠らんことを恐れ、『無逸』を作る。召公保と為り、周公師と為り、成王に相として左右と為る。召公説(よろこ)ばず、周公『君奭(くんせき)』を作る。蔡叔既に没し、王、蔡仲に命じて諸侯の位を践(ふ)ましむ。『蔡仲之命』を作る。成王東のかた淮夷を伐ち、遂に奄(えん)を践む。『成王政』を作る。成王既に奄を践み、将に其の君を蒲姑に遷さんとし、周公召公に告ぐ。『将蒲姑』を作る。成王奄より帰り、宗周に在りて、庶邦に誥ぐ。『多方』を作る。周公王を輔け、桀の暴を念ひ、天乙の功を言ひ、百官を司りて以て邦を立つ。『立政』を作る。成王既に殷の命を黜け、淮夷を滅ぼし、還りて帰りて豊に在り。『周官』を作る。成王既に東夷を伐ち、粛慎来たり賀す。王、栄伯をして『賄粛慎之命』を作らしむ。周公豊に在り、将に没せんとして、成周に葬られんと欲す。公薨じ、成王畢に葬り、周公に告ぐ。『亳姑』を作る。周公既に没し、君陳に命じて東郊の成周を分正せしむ。『君陳』を作る。成王将に崩ぜんとし、召公・畢公に命じて諸侯を率ゐて康王に相たらしむ。『顧命』を作る。康王既に天子に尸(つかさど)り、遂に諸侯に誥ぐ。『康王之誥』を作る。康王、作冊畢に命じて、居里を分かち、成周の郊を成さしむ。『畢命』を作る。穆王、君牙に命じて周の大司徒と為す。『君牙』を作る。穆王、伯冏に命じて周の太僕正と為す。『冏命』を作る。穆王、夏の贖刑を訓ず。『呂刑』を作る。平王、晋の文侯に秬鬯(きよちやう)・圭瓚(けいさん)を錫ふ。『文侯之命』を作る。魯侯伯禽、曲阜に宅(を)り、徐夷並び興りて、東郊開かず。『費誓』を作る。秦の穆公鄭を伐ち、晋の襄公師を帥ゐて諸(これ)を崤(かう)に敗る。還り帰りて、『秦誓』を作る。
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尚書・書序昔在(むかし)帝堯、聡明文思にして、光(あまね)く天下に宅(を)り、将に位を遜(ゆづ)らんとして、虞舜に譲る。『堯典』を作る。虞舜は側微なり。堯其の聡明なるを聞き、将に位を嗣がしめんとして、歴(あまね)く諸(これ)を難きに試む。『舜典』を作る。帝、下土の方を釐(をさ)め、居を方に設け、生を別ち類を分かつ。『汨作(こつさく)』『九共九篇』『稾飫(かうよ)』を作る。皐陶(かうえう)厥(そ)の謨(はかりごと)を矢(つら)ね、禹厥の功を成し、帝舜之を申(かさ)ぬ。『大禹』『皐陶謨』『益稷』を作る。禹九州を別ち、山に随ひて川を濬(ふか)くし、土に任じて『貢』を作る。啓、有扈(いうこ)と甘の野に戦ふ。『甘誓』を作る。太康邦を失ひ、昆弟五人、洛汭(らくぜい)に須(ま)つ。『五子之歌』を作る。羲和湎淫(めんいん)し、時を廃し日を乱る。胤往きて之を征す。『胤征』を作る。契より成湯に至るまで八たび遷る。湯始めて亳(はく)に居り、先王の居に従ふ。『帝告』『釐沃(りよく)』を作る。湯諸侯を征す。葛伯祀らず、湯始めて之を征す。『湯征』を作る。伊尹亳を去りて夏に適(ゆ)き、既に有夏を醜(にく)み、復た亳に帰る。北門より入り、乃ち汝鳩・汝方に遇ふ。『汝鳩』『汝方』を作る。伊尹湯に相として桀を伐ち、陑(じ)より升り、遂に桀と鳴条の野に戦ふ。『湯誓』を作る。湯既に夏に勝ち、其の社を遷さんと欲すれども、可ならず。『夏社』『疑至』『臣扈』を作る。夏の師敗績し、湯遂に之に従ひ、遂に三朡(さんそう)を伐ち、厥の宝玉を俘(と)る。誼伯・仲伯『典宝』を作る。湯夏より帰りて、大坰(たいけい)に至る。仲虺『誥』を作る。湯既に夏の命を黜(しりぞ)け、復た亳に帰る。『湯誥』を作る。咎単(きうぜん)『明居』を作る。成湯既に没し、太甲の元年、伊尹『伊訓』『肆命』『徂后』を作る。太甲既に立ちて、明ならず。伊尹諸(これ)を桐に放つ。三年にして復た亳に帰り、庸(つね)を思ふ。伊尹『太甲三篇』を作る。伊尹『咸有一徳』を作る。沃丁既に伊尹を亳に葬り、咎単遂に伊尹の事を訓(と)く。『沃丁』を作る。伊陟(いちよく)大戊に相たり。亳に祥(あやし)き桑穀共に朝に生ずること有り。伊陟巫咸に賛(つ)ぐ。『咸乂四篇』を作る。太戊伊陟に賛ぐ。『伊陟』『原命』を作る。
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尚書・武成惟れ一月壬辰、旁死魄、越(ここ)に翼日癸巳、王朝に周より歩み、于(ゆ)きて商を征伐す。厥の四月哉生明、王商より来り豊に至る。乃ち武を偃(ふ)せて文を修む。馬を華山の陽に帰し、牛を桃林の野に放ち、天下に服せざるを示す。丁未、周廟に祀る、邦甸・侯・衛、駿(すみや)かに奔走し、豆籩を執る。越に三日庚戌、柴望して大いに武の成るを告ぐ。既生魄、庶邦の冢君、百工と暨に、命を周に受く。王若(かく)のごとく曰く、「嗚呼(ああ)、群后よ、惟れ先王邦を建て土を啓く。公劉克く前烈を篤くし、大王に至りて、肇めて王跡を基し、王季其れ王家に勤む。我が文考文王、克く厥の勛を成し、誕いに天命を膺(う)け、以て方夏を撫す。大邦は其の力を畏れ、小邦は其の徳を懐く。惟れ九年、大統未だ集(な)らず。予小子其れ厥の志を承く。商の罪を厎(いた)し、皇天后土、過ぐる所の名山大川に告げて、曰く、『惟れ有道の曾孫周王発、将に大いに商を正すこと有らんとす』と。今商王受無道にして、天物を暴殄し、烝民を害虐し、天下逋逃の主と為り、淵藪に萃(あつ)まる。予小子既に仁人を獲たり、敢て祇みて上帝を承け、以て乱略を遏(とど)めん。華夏蛮貊、率ひ俾(したが)はざる罔く、天の成命を恭しむ。肆に予東征して、厥の士女を綏んず。惟れ其の士女、厥の玄黄を篚(ひ)にして、我が周王を昭らかにす。天休震動し、用て我が大邑周に附く。惟れ爾神有り、尚はくは克く予を相け、以て兆民を済ひ、神の羞を作すこと無かれ。」既に戊午、師孟津を逾え、癸亥、商の郊に陳し、天の休命を俟つ。甲子昧爽、受其の旅を率ゐること林の若く、牧野に会す。我が師に敵する有る罔く、前徒戈を倒にし、後を攻めて以て北(に)ぐ、血流れて杵を漂はす。一たび戎衣して、天下大いに定まる。乃ち商の政を反し、政旧に由る。箕子の囚を釈き、比干の墓に封し、商容の閭に式す。鹿台の財を散じ、鉅橋の粟を発す。大いに四海に賚(たま)ひて、万姓悦服す。爵を列ぬること惟れ五、土を分かつこと惟れ三。官を建つること惟れ賢、事に位すること惟れ能。民の五教を重んじ、惟れ食・喪・祭。信を惇くし義を明らかにし、徳を崇び功に報い、垂拱して天下治まる。
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史記 周本紀武王已に殷に克ち、後二年、箕子に殷の亡びし所以を問ふ。箕子殷の悪を言ふに忍びず、存亡の国の宜しきを以て告ぐ。武王も亦醜ぢ、故に問ふに天道を以てす。武王病む。天下未だ集まらず、群公懼れ、穆卜す。周公乃ち祓斎し、自ら質と為り、武王に代はらんと欲す。武王瘳ゆる有り。後にして崩じ、太子誦代はりて立つ。是を成王と為す。成王少く、周初めて天下を定む。周公諸侯の周に畔かんことを恐れ、公乃ち摂行して政し国に当たる。管叔・蔡叔の群弟周公を疑ひ、武庚と乱を作し、周に畔く。周公成王の命を奉じ、武庚・管叔を伐ちて誅し、蔡叔を放つ。微子開を以て殷の後に代へ、宋に国せしむ。頗る殷の余民を収め、以て武王の少弟封を封じて衛の康叔と為す。晋の唐叔嘉穀を得、之を成王に献ず。成王以て周公に兵所に帰る。周公禾を東土に受け、天子の命を魯ぶ。初め、管・蔡周に畔き、周公之を討ち、三年にして畢く定む。故に初めに大誥を作り、次に微子之命を作り、次に帰禾、次に嘉禾、次に康誥・酒誥・梓材を作る。其の事は周公の篇に在り。周公政を行ふこと七年、成王長じ、周公政を成王に反し、北面して群臣の位に就く。成王豊に在り、召公をして復た洛邑を営ましむ、武王の意の如し。周公復た卜して申ねて視、卒に営築し、九鼎を居く。曰く、「此れ天下の中にして、四方の入貢の道里均し」と。召誥・洛誥を作る。成王既に殷の遺民を遷し、周公王命を以て告げ、多士・無佚を作る。召公保と為り、周公師と為り、東のかた淮夷を伐ち、奄を残し、其の君を薄泵に遷す。成王奄より帰り、宗周に在りて、多方を作る。既に殷の命を絀け、淮夷を襲ひ、帰りて豊に在り、周官を作る。礼楽を興正し、度制是に於て改まり、而して民和睦し、頌声興る。成王既に東夷を伐ち、息慎来たりて賀す。王栄伯に賜ひて賄息慎之命を作らしむ。
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尚書・洛誥師に居り、宗を惇くし礼を将(おこな)ひ、元祀を称秩し、咸く秩して文無きものまで祀らしむ。惟れ公の徳は上下に明光し、勤めて四方に施し、旁く穆穆を作し、衡を御して迷はず、文武の勤教あり。予沖子は夙夜祀を毖(つつし)まん。」王曰く、「公の功は棐迪篤く、時(こ)れに若はざる罔し。」王曰く、「公、予小子は其れ退きて周に即辟し、公に命じて後(とど)めん。四方迪(すす)みて乱(おさ)まれども、未だ宗礼を定むるに及ばず、亦未だ公の功を敉(を)ふる克はず。迪(みちび)きて其の後を将ひ、我が士・師・工を監し、誕いに文武の受けし民を保ち、乱めて四輔と為れ。」王曰く、「公定まれ、予は往かんのみ。公の功は粛将祗歓せらる。公、我を困しむる無かれ。惟れ其の康事に斁(いと)ふこと無く、公替(す)つる勿く、四方に刑(のり)とならば、其れ世々享けん。」周公拝手稽首して曰く、「王、予に命じて来たりて乃の文祖の受命の民を承保し、越(およ)び乃の光烈なる考武王を弘めしむ、朕恭す。孺子来たりて宅を相(み)、其れ大いに殷の献民を惇典し、乱めて四方の新辟と為り、周の恭先と作れ。曰く、其れ時より中乂すれば、万邦咸休し、惟れ王に成績有らん。予旦、多子越び御事を以て、前人の成烈を篤くし、其の師に答へ、周の孚先と作らん。朕が昭子の刑を考へ、乃ち文祖の徳を単(つく)さん。伻をして来たりて殷を毖(いまし)めしめ、乃ち命じて予を寧(やす)んずるに秬鬯二卣を以てし、曰く、『明禋し、拝手稽首して休く享せよ』と。予敢へて宿せず、則ち文王・武王に禋す。恵みて篤く叙し、自ら疾に遘ふこと有る無く、万年乃の徳に猒(あ)き、殷乃ち引考せん。王、殷をして乃ち承叙せしめば、万年其れ永く朕が子の徳を懐くを観ん。」戊辰、王、新邑に在りて烝祭し、歳に文王に騂牛一、武王に騂牛一。王、作冊逸に命じて祝冊せしめ、惟れ周公其の後(とど)まるを告ぐ。王の賓、殺し禋し、咸く格る。王、太室に入りて祼す。王、周公に命じて後めしめ、作冊逸誥す。十有二月に在り。惟れ周公誕いに文武の受命を保つこと、惟れ七年なり。
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史記 殷本紀中宗崩じ、子帝中丁立つ。帝中丁隞に遷り、河亶甲相に居り、祖乙邢に遷る。帝中丁崩じ、弟外壬立つ。是を帝外壬と為す。仲丁の書は闕けて具はらず。帝外壬崩じ、弟河亶甲立つ。是を帝河亶甲と為す。河亶甲の時、殷復た衰ふ。河亶甲崩じ、子帝祖乙立つ。帝祖乙立ちて、殷復た興る。巫賢職に任ず。祖乙崩じ、子帝祖辛立つ。帝祖辛崩じ、弟沃甲立つ。是を帝沃甲と為す。帝沃甲崩じ、沃甲の兄祖辛の子祖丁を立つ。是を帝祖丁と為す。帝祖丁崩じ、弟沃甲の子南庚を立つ。是を帝南庚と為す。帝南庚崩じ、帝祖丁の子陽甲を立つ。是を帝陽甲と為す。帝陽甲の時、殷衰ふ。中丁より以来、適を廃して更に諸弟の子を立て、弟の子或いは争ひて相代はりて立ち、比九世乱る。是に於て諸侯朝する莫し。帝陽甲崩じ、弟盤庚立つ。是を帝盤庚と為す。帝盤庚の時、殷已に河北に都す。盤庚河を渡りて南し、復た成湯の故居に居る。迺ち五たび遷りて、定処無し。殷の民咨胥皆怨み、徙るを欲せず。盤庚乃ち諸侯大臣に告諭して曰く、「昔高后成湯爾の先祖と倶に天下を定む。法則修む可し。舍てて勉めずんば、何を以て徳を成さん」と。乃ち遂に河を渉りて南し、亳を治め、湯の政を行ふ。然る後に百姓由りて寧く、殷の道復た興る。諸侯来朝す、其の成湯の徳に遵ふを以てなり。帝盤庚崩じ、弟小辛立つ。是を帝小辛と為す。帝小辛立ちて、殷復た衰ふ。百姓盤庚を思ひ、迺ち盤庚三篇を作る。帝小辛崩じ、弟小乙立つ。是を帝小乙と為す。帝小乙崩じ、子帝武丁立つ。帝武丁即位し、殷を復興せんことを思ふも、未だ其の佐を得ず。三年言はず、政事は冢宰に決定し、以て国風を観る。
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