商君書 / 境内
其戰、百將屯長必得斬首、得三十三首以上、盈論、百將屯長賜爵一級。五百主、短兵五十人。二五百、主將之、短兵百。千石之令、短兵百人。八百之令、短兵八十人。七百之令、短兵七十人。六百之令、短兵六十人。國尉、短兵千人。大將、短兵四千人。戰及死事、而剄短兵、能人得一首、則復。
新字:其戦、百将屯長必得斬首、得三十三首以上、盈論、百将屯長賜爵一級。五百主、短兵五十人。二五百、主将之、短兵百。千石之令、短兵百人。八百之令、短兵八十人。七百之令、短兵七十人。六百之令、短兵六十人。国尉、短兵千人。大将、短兵四千人。戦及死事、而剄短兵、能人得一首、則復。
書き下し
その戰や、百將・屯長は必ず斬首を得。三十三首以上を得れば、盈論たり。百將・屯長は爵一級を賜わる。五百主には、短兵五十人。二五百は、將これを主り、短兵百。千石の令には、短兵百人。八百の令には、短兵八十人。七百の令には、短兵七十人。六百の令には、短兵六十人。國尉には、短兵千人。大將には、短兵四千人。戰いて死事に及べば、而ち短兵を剄る。能く人ごとに一首を得れば、則ち復す。
現代語訳
戦いにおいて、百人将と屯長は必ず自分で敵の首を取らなければならない。三十三の首以上を取れば、規定を満たしたとされる。百人将と屯長は爵位一級を賜る。五百人の長には短兵(親衛)五十人がつく。二つの五百人隊は将がこれを統べ、短兵は百人。千石の令には短兵百人。八百石の令には八十人。七百石には七十人。六百石には六十人。国尉には短兵千人。大将には短兵四千人がつく。戦って主が戦死すれば、その短兵は首を斬られる。それぞれが敵の首を一つ取っていれば、その罰は免除される。
解説
指揮官にも数値目標が課されている点が注目に値する。百人将・屯長は自ら首を取り、部隊で三十三以上を上げてはじめて基準を満たす。上に立つ者が結果の数字から免除されない。そして親衛隊は、主が戦死すれば連座して処刑される。守るべき対象を失うことが、そのまま自分の罪になる。役職に応じて護衛の人数まで細かく定められており、この篇が実務の規程集であることがよく分かる。数字と人数で書かれた制度は、解釈の余地が小さい。それが良くも悪くも、この制度の性格である。
この章句が説くこと
三十三首以上を得れば盈論百将屯長も必ず斬首を得短兵上も数字から免除されない率先垂範
関連する章句
-
十七条憲法 第八条群卿百寮(ぐんけいひゃくりょう)、早(つと)に朝(まい)りて晏(おそ)く退(しりぞ)け。公事(くじ)盬(しお)きこと靡(な)く、終日(ひねもす)にも尽(つ)くし難(がた)し。是(ここ)を以(もっ)て遅(おそ)く朝(まい)れば急(きゅう)に逮(およ)ばず、早く退(しりぞ)けば必(かなら)ずその功(こう)を尽(つ)くさず。
-
孟子・盡心章句下孟子曰く、「身、道を行わざれば、妻子にも行われず。人を使うに道を以 てせざれば、妻子にも行わるること能わず。」
-
論語・衛霊公篇子曰わく、身をもって厚くし、人を責むること薄ければ、すなわち怨み遠し。
-
論語・里仁篇子曰く、「我未だ仁を好む者と、不仁を悪む者とを見ざるなり。仁を好む者は、以て之に尚(くわ)うる無し。不仁を悪む者は、其れ仁を為すや、不仁者をして其の身に加えしめず。能く一日其の力を仁に用うること有らんか。我未だ力足らざる者を見ざるなり。蓋し之有らん、我未だ之を見ざるなり。」
-
史記 孫子呉起列伝起の将為るや、士卒の最下の者と衣食を同じくす。臥するに席を設けず、行くに騎乗せず、親ら贏糧を裹ひ、士卒と労苦を分かつ。卒に疽を病む者有り、起、為に之を吮ふ。卒の母、聞きて之に哭す。人曰く、「子は卒なり、而るに将軍自ら其の疽を吮ふ、何ぞ哭するを為す」と。母曰く、「然るに非ざるなり。往年、呉公、其の父を吮ひ、其の父、戦ひて踵を旋さず、遂に敵に死す。呉公今又其の子を吮ふ。妾、其の死所を知らず。是を以て之を哭す」と。
-
六韜・励軍武王 太公に問ひて曰く、「吾 三軍の衆をして、城を攻むれば先登を争ひ、野戦すれば先赴を争ひ、金の声を聞きて怒り、鼓の声を聞きて喜ばしめんと欲す。之を為すこと奈何」と。太公曰く、「将に三あり」と。武王曰く、「敢へて其の目を問はん」と。太公曰く、「将 冬に裘を服ず、夏に扇を操らず、雨に蓋を張らず、名づけて礼将と曰ふ。将 身づから礼を服せざれば、以て士卒の寒暑を知る無し。隘塞を出で、泥塗を犯すには、将 必ず先づ下りて歩む、名づけて力将と曰ふ。将 身づから力を服せざれば、以て士卒の労苦を知る無し。軍 皆な次を定めて、将 乃ち舎に就く。炊ぐ者 皆な熟して、将 乃ち食に就く。軍 火を挙げざれば、将も亦た挙げず、名づけて止欲将と曰ふ。将 身づから止欲を服せざれば、以て士卒の飢飽を知る無し。将 士卒と寒暑・労苦・飢飽を共にす、故に三軍の衆、鼓の声を聞けば則ち喜び、金の声を聞けば則ち怒る。高城深池、矢石 繁く下るも、士は先登を争ふ。白刃 始めて合ふも、士は先赴を争ふ。士は死を好みて傷つくを楽しむに非ざるなり。其の将の寒暑・飢飽を知ること審らかにして、労苦を見ること明らかなるが為なり」と。