商君書 / 境内
四境之內、丈夫女子皆有名於上、生者著、死者削。其有爵者乞無爵者以為庶子、級乞一人。其無役事也、其庶子役其大夫、月六日、其役事也、隨而養之。
新字:四境之内、丈夫女子皆有名於上、生者著、死者削。其有爵者乞無爵者以為庶子、級乞一人。其無役事也、其庶子役其大夫、月六日、其役事也、随而養之。
書き下し
四境の內、丈夫女子は皆な上に名有り。生ずる者は著し、死する者は削る。その爵有る者は、爵無き者を乞いて以て庶子と為す。級ごとに一人を乞う。その役事無きや、その庶子はその大夫に役すること月に六日。その役事あるや、隨いてこれを養う。
現代語訳
国境の内側では、男も女もみな上の名簿に登録されている。生まれた者は書き加え、死んだ者は削る。爵位を持つ者は、爵位のない者を求めて庶子(従者)とすることができる。爵位一級につき一人を求められる。戦役がないときは、その庶子は主人である大夫のもとで月に六日働く。戦役があるときは、従軍してその主人を養う。
解説
境内篇は、商鞅が秦で実際に施行した爵位と軍功の制度を、条文の形で伝える貴重な記録である。冒頭がまず戸籍だ。男女を問わず全員が名簿に載り、出生で書き加え、死亡で削る。この台帳がなければ、徴兵も課税も褒賞も成り立たない。制度は理念からではなく、名簿から始まる。人事制度を作ろうとする会社が、まず社員名簿と職務の一覧を整えるところから始めなければならないのと、まったく同じ順序である。
この章句が説くこと
境内四境の内皆な上に名有り生ずる者は著し死する者は削る制度は名簿から
関連する章句
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『商君書』境内能く城を攻め邑を圍みて斬首八千已上ならば、則ち盈論たり。野戰に斬首二千ならば、則ち盈論たり。吏は自ら操るより校以上・大將に至るまで、盡く行間の吏を賞するなり。故爵の公士は、就きて上造と為る。故爵の上造は、就きて簪褭と為る。故爵の簪褭は、就きて不更と為る。故爵の不更は、就きて大夫と為る。爵吏にして縣尉と為らば、則ち虜を賜わり、六たび五千六百を加う。爵大夫にして國尉と為らば、就きて官大夫と為る。故爵の官大夫は、就きて公大夫と為る。故爵の公大夫は、就きて公乘と為る。故爵の公乘は、就きて五大夫と為り、則ち邑三百家に稅す。故爵の五大夫は、就きて庶長と為る。故爵の庶長は、就きて左更と為る。故爵の三更は、就きて大良造と為る——皆な賜邑三百家有り、賜稅三百家有り。
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『商君書』境内軍爵は、一級より已下、小夫に至るまで、命じて校徒操士と曰う。公爵は、二級より已上、不更に至るまで、命じて卒と曰う。その戰うや、五人簿を束ねて伍と為す。一人死すれば、而ちその四人を剄る。能く人ごとに一首を得れば、則ち復す。五人に一屯長、百人に一將あり。
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『商君書』境内爵五大夫にして稅邑六百家有る者は、客を受く。大將・御・參は、皆な爵三級を賜わる。故客卿の相論じて盈つれば、就きて正卿たり。戰いを以ての故に、首を暴すこと三たびし、乃ち校すること三日。將軍は疑わざるを以て士大夫の勞爵を致す。夫れ勞爵は、その縣、三日を過ぎて、士大夫の勞爵を致さざる有れば、能あり。[その縣の四尉、]訾は丞尉に由る。能く甲首一を得る者は、爵一級を賞し、田一頃を益し、宅九畝を益す。級ごとに庶子一人を除く。乃ち兵官の吏に入るを得。
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史記 商君列伝民をして什伍と為らしめて、相ひ牧司し連坐せしむ。姦を告げざる者は腰斬し、姦を告ぐる者は敵首を斬るに同じく賞し、姦を匿す者は敵に降るに同じく罰す。民に二男以上有りて分異せざる者は、其の賦を倍にす。軍功有る者は、各々率を以て上爵を受く。私斗を為す者は、各々軽重を以て刑の大小を被る。力を本業に僇し、耕織して粟帛を致すこと多き者は其の身を復す。末利を事とし及び怠りて貧しき者は、挙げて以て収孥と為す。宗室も軍功の論有るに非ざれば、属籍を為すを得ず。尊卑爵秩の等級を明らかにし、各々差次を以て田宅を名づく。功有る者は顕栄し、功無き者は富むと雖も芬華する所無し。
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『商君書』境内陷隊の士は、面ごとに十八人。陷隊の士、疾く鬥うを知り、隊ごとに斬首五を得れば、則ち陷隊の士は、人ごとに爵一級を賜わる。死すれば、則ち一人これを後にす。これに死する能わざれば、千人環り睹て、城下に黥劓す。國尉は地を分かち、中卒を以てこれに隨う。將軍は木臺を為り、國正監と、王御史と、參してこれを望む。その先んじて入る者は、舉げて最啟と為し、その後れて入る者は、舉げて最殿と為す。その隊に陷るや、その幾を盡くす。幾者足らざれば、乃ち次級を以てこれを益す。
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