商君書 / 画策
聖人知必然之理、必為之時勢、故為必治之政、戰必勇之民、行必聽之令。是以兵出而無敵、令行而天下服從。黃鵠之飛、一舉千里、有必飛之備也。麒麟騄駬、日行千里、有必走之勢也。虎豹熊羆、鷙而無敵、有必勝之理也。聖人見本然之政、知必然之理、故其制民也、如以高下制水、如以燥溼制火。
新字:聖人知必然之理、必為之時勢、故為必治之政、戦必勇之民、行必聴之令。是以兵出而無敵、令行而天下服従。黄鵠之飛、一舉千里、有必飛之備也。麒麟騄駬、日行千里、有必走之勢也。虎豹熊羆、鷙而無敵、有必勝之理也。聖人見本然之政、知必然之理、故其制民也、如以高下制水、如以燥溼制火。
書き下し
聖人は必然の理、必ずこれを為すの時勢を知る。故に必ず治まるの政を為し、必ず勇なるの民を戰わしめ、必ず聽くの令を行う。是を以て兵は出でて敵無く、令は行われて天下は服從す。黃鵠の飛ぶや、一舉千里なるは、必ず飛ぶの備え有ればなり。麒麟・騄駬の、日に千里を行くは、必ず走るの勢い有ればなり。虎豹熊羆の、鷙にして敵無きは、必ず勝つの理有ればなり。聖人は本然の政を見て、必然の理を知る。故にその民を制するや、高下を以て水を制するが如く、燥溼を以て火を制するが如し。
現代語訳
聖人は必ずそうなる道理と、必ずそうする時勢を知っている。だから必ず治まる政治を行い、必ず勇敢になる民を戦わせ、必ず聞き入れられる命令を出す。だから兵は出れば敵がなく、命令は行われて天下は服従する。黄鵠が飛べば一挙に千里を行くのは、必ず飛べるだけの備えがあるからである。麒麟や騄駬が日に千里を走るのは、必ず走れるだけの勢いがあるからである。虎・豹・熊・羆が猛々しくて敵がないのは、必ず勝てるだけの道理があるからである。聖人は物事のもともとの筋道を見て、必ずそうなる道理を知る。だから民を制するときは、高低によって水を導くように、乾湿によって火を制するようにする。
解説
千里を飛ぶ鳥には、飛べるだけの備えがある。千里を走る馬には、走れるだけの勢いがある。強い獣には、勝てるだけの道理がある——結果には必ずそれを可能にした条件がある、という見方である。だから人を動かすときも、水を高いところから低いところへ導くように、条件のほうを作る。気合いで水を上らせようとしない。うまくいっている事例を見るとき、その人の努力や才能ではなく、それを可能にした条件のほうを探す癖をつけると、模倣できるものが増える。
この章句が説くこと
必然の理を知る必ず飛ぶの備え有り高下を以て水を制す条件を作る
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