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商君書 / 賞刑

昔者周公旦殺管叔、流霍叔、曰:「犯禁者也。」天下眾皆曰:「親昆仲有過不違、而況疏遠乎?」故天下知用刀鋸於周庭、而海內治。故曰:「明刑之猶、至於無刑也。」

新字:昔者周公旦殺管叔、流霍叔、曰:「犯禁者也。」天下眾皆曰:「親昆仲有過不違、而況疏遠乎?」故天下知用刀鋸於周庭、而海内治。故曰:「明刑之猶、至於無刑也。」

書き下し

昔者、周公旦は管叔を殺し、霍叔を流して曰く、「禁を犯す者なり」と。天下の眾、皆な曰く、「親昆仲の過ち有るすら違えず、而るを況んや疏遠に於てをや」と。故に天下は刀鋸を周庭に用うるを知りて、海內は治まる。故に曰く、「明刑の猶きは、刑無きに至るなり」と。

現代語訳

昔、周公旦は管叔を殺し、霍叔を流刑にしてこう言った。「禁令を犯した者である」と。天下の人々はみな言った。「実の兄弟の過ちさえ見逃さないのだ。まして遠い関係の者はどうか」と。だから天下は、周の朝廷でも刑罰の道具が用いられることを知り、天下は治まった。だからこう言う。「明らかな刑は、刑が要らないところまで行き着く」と。

解説

周公旦は、周王朝を築いた聖人として儒家がもっとも尊ぶ人物である。その周公が実の兄を殺し、弟を流した。商君書はこの史実を、身内であっても法を曲げなかった例として引く。儒家の聖人を、法家の論拠に使っているところが皮肉だが、事実は事実である。そして人々が納得した理由は「実の兄弟さえ見逃さないなら」という一点だった。規律の信頼は、いちばん適用しにくい相手に適用した一回でつくられる。逆にそれを避けた一回で、すべて崩れる。

この章句が説くこと

周公旦管叔を殺す親昆仲の過ちすら違えず明刑は刑無きに至る信頼をつくる一回

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