荀子 / 大略篇
文王誅四,武王誅二,周公卒業,至成康則案無誅已。
書き下し
文王(ぶんおう)は四を誅(ちゅう)し、武王(ぶおう)は二を誅し、周公(しゅうこう)業を卒(を)へ、成康(せいこう)に至りては則ち案(すなは)ち誅すること無きのみ。
現代語訳
周の文王は四つの罪ある者を討ち、武王は二つを討ち、周公がその事業を仕上げ、成王・康王の代になると、もはや誅罰すべき者はいなくなった。
解説
周王朝が固まっていく過程を、討伐の数だけで示した短い一段です。文王が四、武王が二、周公が仕上げ、成王・康王の代にはついに誅罰がなくなった。数が減っていくその一方向の流れそのものがメッセージになっています。荀子にとって刑罰は目的ではなく、秩序が根づくまでの過渡的な手段にすぎません。政治がうまくいっていれば、罰する必要そのものが消えていく。逆に言えば、いつまでも処罰が続く政治は、まだ治まっていないということです。この見方は組織にもそのまま当てはまります。規則違反への罰則が年々増えていく職場は、統制が効いているのではなく、根っこの信頼が育っていない可能性があります。ルールを増やすことより、増やさなくてよい状態へ向かっているかどうかを見たい。そんな物差しを与えてくれる一段です。