商君書 / 徠民
今王發明惠、諸侯之士來歸義者、今使復之三世、無知軍事。秦四境之內、陵阪丘隰不起十年征、著於律也、足以食作夫百萬。
新字:今王発明恵、諸侯之士来帰義者、今使復之三世、無知軍事。秦四境之内、陵阪丘隰不起十年征、著於律也、足以食作夫百万。
書き下し
今、王、明惠を發せられ、諸侯の士の來たり義に歸する者、今これを復すること三世、軍事を知る無からしめよ。秦の四境の內、陵阪丘隰は十年の征を起こさざること、律に著すなり。以て作夫百萬を食わしむるに足る。
現代語訳
いま王が明らかな恩恵を発せられ、諸侯の士で帰属してくる者には、三代にわたって課役を免除し、軍事には関わらせないようにされよ。秦の四方の国境の内で、丘陵や坂地や低湿地には十年間、賦課を起こさないことを、法律に明記されよ。それだけで農夫百万人を養うに足りる。
解説
具体的な政策提案がここに置かれる。三代にわたる免税、軍役の免除、そして未開地への十年の賦課猶予を法律に明記する。注目すべきは「律に著す」——法律に書き込め、という一点だ。恩恵として与えるのではなく、条文にする。口約束や君主の恩情では、人は生活の拠点を移す決断をしない。移住のような取り返しのつかない選択を求めるなら、条件は撤回できない形で示さなければならない。人を口説くときに、何を撤回不能の形で提示できるかという話である。
この章句が説くこと
これを復すること三世律に著す撤回不能の条件移住の決断
関連する章句
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『商君書』徠民曩者、臣言いて曰く、「意うに民の情、その欲する所の者は田宅なり。晉のこれ有る無きは信なり、秦の餘り有るは必なり。此くの若くして民の西せざるは、秦の士は戚みて民は苦しめばなり」と。今、その田宅を利し、これを復すること三世。これ必ずその欲する所を與えて、その惡む所を行わしめざるなり。然らば則ち山東の民、西せざる者無からん。且つ直だ言うの謂いなり。然らずんば、夫れ曠虛を實たし、天寶を出だし、而して百萬、本を事とせば、その益する所は多し。豈に徒だその攻むる所以を失わざるのみならんや。
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『商君書』徠民臣の所謂る兵なる者は、悉く興し盡く起こすを謂うに非ざるなり。境內の軍卒車騎に給する能う所を論じ、故秦を兵とし、新民に芻食を給せしむ。天下に服せざるの國有らば、則ち王はこれを以て春にはその農に違い、夏にはその食を食らい、秋にはその刈を取り、冬にはその葆を凍らしむ。大武を以てその本を搖るがし、廣文を以てその嗣を安んず。王これを行うこと十年の內、諸侯は將に異民無からんとす。而して王は何為れぞ爵を愛しみ復を重んずるや。
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『商君書』徠民秦の鄰と與にする所の者は、三晉なり。兵を用いんと欲する所の者は、韓魏なり。彼は土狹くして民眾く、その宅は參居して并處し、その賓萌は賈息す。民は上に通名無く、下に田宅無くして、姦に恃み末作を務めて以て處る。人の陰陽澤水に復する者、半ばを過ぐ。これその土のその民を生かすに足らざるなり、秦の民のその土を實たすに足らざるに過ぐる有るに似たり。意うに民の情、その欲する所の者は、田宅なり。而して晉のこれ有る無きは信なり、秦の餘り有るは必なり。此くの如くして民の西せざるは、秦の士は戚みて民は苦しめばなり。
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『商君書』徠民夫れ秦の患うる所の者は、兵を興して伐てば、則ち國家は貧しく、安居して農せば、則ち敵は休息を得。これ王の兩つながら成すこと能わざる所なり。故に四世戰い勝ちて、天下は服せず。今、故秦を以て敵を事とし、而して新民をして本を作さしめば、兵は百たび外に宿すと雖も、境內は須臾の時をも失わず。これ富強兩つながら成るの效なり。
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『商君書』徠民臣竊かに王吏の明を以て過見と為す。これその弱き所以なり。三晉の民を奪わざるは、爵を愛しみて復を重んずればなり。その說に曰く、「三晉の弱き所以の者は、その民は樂を務めて復爵の輕ければなり。秦の強き所以の者は、その民は苦を務めて復爵の重ければなり。今、爵を多くして久しく復せば、これ秦の彊き所以を釋てて、三晉の弱き所以を為すなり」と。これ王吏の爵を重んじ復を愛しむの說なり。而して臣竊かに以て然らずと為す。
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『商君書』墾令民をして擅に徙るを得る無からしむれば、則ち誅愚亂農の民は食する所無くして必ず農す。愚心躁欲の民意を壹にすれば、則ち農民は必ず靜かなり。農靜かに、誅愚亂農の民農せんと欲さば、則ち草必ず墾かれん。