商君書 / 錯法
夫削國亡主、非無爵祿也、其所道過也。三王五霸、其所道不過爵祿、而功相萬者、其所道明也。是以明君之使其臣也、用必出於其勞、賞必加於其功。功賞明、則民競於功。為國而能使其民盡力以競於功、則兵必彊矣。
新字:夫削国亡主、非無爵禄也、其所道過也。三王五覇、其所道不過爵禄、而功相万者、其所道明也。是以明君之使其臣也、用必出於其労、賞必加於其功。功賞明、則民競於功。為国而能使其民尽力以競於功、則兵必彊矣。
書き下し
夫れ削らるる國、亡ぶる主は、爵祿無きに非ざるなり、その道く所の過てるなり。三王五霸は、その道く所、爵祿に過ぎずして、功の相い萬なる者は、その道く所の明らかなればなり。是を以て明君のその臣を使うや、用は必ずその勞に出で、賞は必ずその功に加わる。功賞明らかなれば、則ち民は功を競う。國を為めて能くその民をして力を盡くして以て功を競わしむれば、則ち兵は必ず彊し。
現代語訳
削られる国、滅びる君主に、爵位や俸禄がなかったわけではない。それが導く先が誤っていたのである。三王五覇も、用いたのは爵位と俸禄にすぎないのに、功績が万倍も違ったのは、その導く先が明らかだったからである。だから明君が臣下を使うときは、任用は必ずその労苦に応じて出し、賞は必ずその功績に加える。功と賞が明らかであれば、民は功を競う。国を治めて民に力を尽くさせ功を競わせることができれば、兵は必ず強い。
解説
滅びた国にも報酬制度はあった——問題は制度の有無ではなく、それが何を指しているかだ、という指摘である。同じ爵禄という道具を使って、成果に万倍の差がついた理由をここに求める。「用は必ずその勞に出で、賞は必ずその功に加わる」。任用は労苦に、賞は功績に。この二つを分けているのが細かいが重要な点で、苦労した人と成果を出した人は必ずしも同じではない。苦労には役目を与え、成果には報酬を与える。混ぜてしまうと、努力しただけの人が報酬を得て、成果を出した人が報われない状態が生まれる。
この章句が説くこと
用は必ずその労に出づ賞は必ずその功に加わる道く所の過ち苦労と成果信賞必罰
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