商君書 / 開塞
治國刑多而賞少、亂國賞多而刑少。故王者刑九而賞一、削國賞九而刑一。夫過有厚薄、則刑有輕重、善有大小、則賞有多少。此二者、世之常用也。
新字:治国刑多而賞少、乱国賞多而刑少。故王者刑九而賞一、削国賞九而刑一。夫過有厚薄、則刑有軽重、善有大小、則賞有多少。此二者、世之常用也。
書き下し
治まる國は刑多くして賞少なく、亂るる國は賞多くして刑少なし。故に王者は九に刑して一に賞し、削らるる國は九に賞して一に刑す。夫れ過ちに厚薄有れば、則ち刑に輕重有り。善に大小有れば、則ち賞に多少有り。この二者は、世の常に用うる所なり。
現代語訳
治まっている国は刑罰が多く賞が少なく、乱れている国は賞が多く刑罰が少ない。だから王者は十のうち九を刑罰にあて一を賞にあて、削られる国は九を賞にあて一を刑罰にあてる。そもそも過ちに重い軽いがあれば刑罰にも軽重があり、善行に大小があれば賞にも多少がある。この二つは、世の中で常に用いられているやり方である。
解説
賞ばかり多い国は乱れている、という指摘は耳に痛い。褒めることが増えているのは、士気が上がっているからではなく、規律が緩んで褒めるしか手がなくなっているからかもしれない。ただし後半の二行のほうが実務では効く。過ちに軽重があるなら罰にも軽重を、善行に大小があるなら賞にも多少を。当たり前に見えて、これができていない組織は多い。大きな成果も小さな貢献も同じ一言で片づけ、重い違反も軽い違反も同じ注意で済ませる。段階のない賞罰は、あってもないのと変わらない。
この章句が説くこと
刑多くして賞少なし過ちに厚薄有り賞罰の段階褒めるしか手がない信賞必罰賞罰
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