呂氏春秋 / 愼小⑤
吳起治西河,欲諭其信於民,夜日置表於南門之外,令於邑中曰:「明日有人僨南門之外表者,仕長大夫。」明日日晏矣,莫有僨表者。民相謂曰:「此必不信。」有一人曰:「試往僨表,不得賞而已,何傷?」往僨表,來謁吳起。吳起自見而出,仕之長大夫。夜日又復立表,又令於邑中如前。邑人守門爭表,表加植,不得所賞。自是之後,民信吳起之賞罰。賞罰信乎民,何事而不成,豈獨兵乎?
新字:吳起治西河,欲諭其信於民,夜日置表於南門之外,令於邑中曰:「明日有人僨南門之外表者,仕長大夫。」明日日晏矣,莫有僨表者。民相謂曰:「此必不信。」有一人曰:「試往僨表,不得賞而已,何傷?」往僨表,来謁吳起。吳起自見而出,仕之長大夫。夜日又復立表,又令於邑中如前。邑人守門争表,表加植,不得所賞。自是之後,民信吳起之賞罰。賞罰信乎民,何事而不成,豈独兵乎?
書き下し
吳起、西河を治め、其の信を民に諭らかにせんと欲す。夜日、表を南門の外に置き、邑中に令して曰く、「明日、人の能く南門の外表を僨す者有らば、長大夫に仕えしめん。」明日、日晏るるも、表を僨す者有る莫し。民相謂いて曰く、「此れ必ず信ならず。」一人有りて曰く、「試みに往きて表を僨さん。賞を得ざるのみ。何ぞ傷まん。」往きて表を僨し、來たり呉起に謁ぐ。呉起自ら見んとして出で、之を長大夫に仕えしむ。夜日、又復た表を立て、又邑中に令すること前の如し。邑人、門を守りて表を爭う。表、植を加え、賞する所を得ず。是れ自りの後、民は呉起の賞罰を信ず。賞罰、民に信ぜらるれば、何事として成らざらん。豈に獨り兵のみならんや。
現代語訳
呉起が西河を治め、その信義を民に明らかにしようとした。夜、南門の外に目印の棒を置き、町中に布告した。「明日、南門の外の目印を倒せる者がいれば、長大夫に取り立てる」。翌日、日が暮れても目印を倒す者はいなかった。民は「これはきっと本当ではない」と言い合った。一人が「試しに行って倒してみよう。賞がもらえないだけだ、何の損があろう」と言い、行って倒し、来て呉起に申し出た。呉起は自ら会って出てきて、その者を長大夫に取り立てた。また夜に目印を立て、前と同じように布告した。町の人は門を守って目印を争い、目印は深く植えられて倒せず、賞を得られなかった。これ以後、民は呉起の賞罰を信じた。賞罰が民に信じられれば、何事が成らないだろうか。どうして軍事だけであろうか。
解説
この章句が説くこと
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