商君書 / 去彊
怯民使以刑必勇、勇民使以賞則死。怯民勇、勇民死、國無敵者彊、彊必王。貧者使以刑則富、富者使以賞則貧。治國能令貧者富、富者貧、則國多力、多力者王。王者刑九賞一、強國刑七賞三、削國刑五賞五。
新字:怯民使以刑必勇、勇民使以賞則死。怯民勇、勇民死、国無敵者彊、彊必王。貧者使以刑則富、富者使以賞則貧。治国能令貧者富、富者貧、則国多力、多力者王。王者刑九賞一、強国刑七賞三、削国刑五賞五。
書き下し
怯民はこれを使うに刑を以てすれば必ず勇なり、勇民はこれを使うに賞を以てすれば則ち死す。怯民勇に、勇民死せば、國に敵無き者は彊く、彊ければ必ず王たり。貧者はこれを使うに刑を以てすれば則ち富み、富者はこれを使うに賞を以てすれば則ち貧し。國を治むるに能く貧者をして富ましめ、富者をして貧ならしむれば、則ち國に力多く、力多き者は王たり。王者は刑九にして賞一、強國は刑七にして賞三、削らるる國は刑五にして賞五なり。
現代語訳
臆病な民は刑罰によって使えば必ず勇敢になり、勇敢な民は賞によって使えば命を投げ出す。臆病な民が勇敢になり、勇敢な民が命を投げ出せば、敵なしの国となって強く、強ければ必ず王者となる。貧しい者は刑罰によって使えば富み、富んだ者は賞によって使えば貧しくなる。国を治めるにあたって、貧しい者を富ませ、富んだ者を貧しくさせることができれば、国には力が多くなる。力の多い国は王者となる。王者の国は刑罰が九で賞が一、強い国は刑罰が七で賞が三、削られる国は刑罰が五で賞が五である。
解説
「刑九賞一」——罰九割、賞一割が最強の配合だという有名な数字である。現代の組織運営としてそのまま採れるものではない。だがこの一段が本当に言っているのは、罰と賞の比率そのものより、相手によって効く手段が違うということだ。臆病な者には強制が効き、勇敢な者には報酬が効く。貧しい者と富んだ者でも逆になる。一律の制度で全員を同じように動かそうとするな、という含みがある。もっとも商君書自身は、そこから「全員を貧しく保て」という統制へ進む。使えるのは前半の観察までである。
この章句が説くこと
刑九賞一怯民は刑を以て勇に貧者を富ませ富者を貧しくす動機づけの差賞罰信賞必罰
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孫子・行軍篇數々賞する者は、窘するなり。數々罰する者は、困しむなり。先に暴にして後に其の衆を畏るる者は、不精の至りなり。来たりて委謝する者は、休息を欲するなり。
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