商君書 / 算地
民之性、度而取長、稱而取重、權而索利。明君慎觀三者、則國治可立、而民能可得。國之所以求民者少、而民之所以避求者多。入使民屬於農、出使民壹於戰。故聖人之治也、多禁以止能、任力以窮軸、兩者偏用則境內之民壹、民壹則農、農則樸、樸則安居而惡出。
新字:民之性、度而取長、称而取重、権而索利。明君慎観三者、則国治可立、而民能可得。国之所以求民者少、而民之所以避求者多。入使民属於農、出使民壱於戦。故聖人之治也、多禁以止能、任力以窮軸、両者偏用則境内之民壱、民壱則農、農則樸、樸則安居而悪出。
書き下し
民の性、度りて長きを取り、稱りて重きを取り、權りて利を索む。明君慎みて三者を觀れば、則ち國治は立つべくして、民能は得べし。國の民に求むる所以の者は少なくして、民の求めを避くる所以の者は多し。入りては民をして農に屬せしめ、出でては民をして戰に壹ならしむ。故に聖人の治むるや、禁を多くして以て能を止め、力に任じて以て軸を窮む。兩者、偏えに用うれば則ち境內の民は壹なり。民壹なれば則ち農し、農すれば則ち樸、樸なれば則ち安居して出づるを惡む。
現代語訳
人の性質として、長さを測れば長いほうを取り、重さを量れば重いほうを取り、損得を計れば利のあるほうを求める。明君が慎んでこの三つを観察すれば、国の統治は立ち、民の能力は引き出せる。国が民に求めるものは少なく、民が求めを避ける手立てのほうが多い。内では民を農業に従事させ、外では民を戦いに一本化する。だから聖人の統治は、禁令を多くして小賢しさを止め、実力によって任じてごまかしを行き詰まらせる。この二つをひたすら用いれば、国内の民は一つにまとまる。民が一つにまとまれば農業をし、農業をすれば素朴になり、素朴になれば安んじて住み、出ていくのを嫌がる。
解説
「度りて長きを取り、稱りて重きを取り、權りて利を索む」——人は比べられるものを与えられれば、必ず有利なほうを取る。これは人を責める言葉ではなく、設計の前提である。だから制度を作る側の仕事は、比べたときに望ましいほうが有利になるよう並べておくことになる。もう一つ大事なのは「國の民に求むる所以の者は少なくして、民の求めを避くる所以の者は多し」。組織が求めることは少数なのに、それを避ける手立てのほうが常に多い。ルールを一つ作れば、抜け道は十通り考えられる。だからこそ、比べた結果として従うほうが得になる形にしておく必要がある。
この章句が説くこと
度りて長きを取る避ける手立てのほうが多い比べて得なほう設計の前提
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『商君書』算地故に聖人の國を為むるや、入りては民に令して以て農に屬せしめ、出でては民に令して以て戰を計らしむ。夫れ農は民の苦しむ所にして、戰は民の危うしとする所なり。その苦しむ所を犯し、その危うしとする所を行う者は、計なり。故に民は生くれば則ち利を計り、死すれば則ち名を慮る。名利の出づる所は、審らかにせざるべからざるなり。利、地に出づれば、則ち民は力を盡くし、名、戰に出づれば、則ち民は死を致す。入りて民をして力を盡くさしむれば、則ち草は荒れず、出でて民をして死を致さしむれば、則ち敵に勝つ。敵に勝ちて草荒れざれば、富強の功は、坐して致すべきなり。
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『商君書』算地故に聖人の國を為むるや、民の資は地に藏まりて、偏えに危うきを外に託す。地に資すれば則ち樸、危うきを外に託すれば則ち惑う。民、入りては則ち樸、出でては則ち惑う。故にその農は勉めて戰は戢まるなり。民の農勉むれば則ち資は重く、戰戢まれば則ち鄰は危うし。資重ければ則ち負いて逃るべからず、鄰危うければ則ち資無きに歸せず。危うきに歸し外に託するは、狂夫の為さざる所なり。故に聖人の國を為むるや、俗を觀て法を立つれば則ち治まり、國を察し本を事とすれば則ち宜し。時俗を觀ず、國本を察せざれば、則ちその法立ちて民は亂れ、事は劇しくして功は寡なし。これ臣の所謂る過ちなり。
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『商君書』算地夫れ國を治むる者、能く地力を盡くして民をして死を致さしむれば、名と利と交々至る。民の生くるや、饑うれば食を求め、勞すれば佚を求め、苦しめば則ち樂を索め、辱めらるれば則ち榮を求む。これ民の情なり。
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