商君書 / 算地
今世主有地方數千里、食不足以待役實倉、而兵為鄰敵臣、故為世主患之。夫地大而不墾者、與無地者同、民眾而不用者、與無民者同。
新字:今世主有地方数千里、食不足以待役実倉、而兵為鄰敵臣、故為世主患之。夫地大而不墾者、与無地者同、民衆而不用者、与無民者同。
書き下し
今、世主に地の方數千里なる有るも、食は以て役を待ち倉を實たすに足らずして、兵は鄰敵の臣と為る。故に世主の為にこれを患う。夫れ地大にして墾かざるは、地無き者と同じく、民眾くして用いざるは、民無き者と同じ。
現代語訳
いま世の君主には、数千里四方の土地を持ちながら、食糧は兵役をまかない倉を満たすにも足りず、軍は隣国の敵に臣従する有り様の者がいる。だから君主のためにこれを憂えるのだ。そもそも土地が大きくても開墾しなければ、土地がないのと同じである。民が多くても用いなければ、民がいないのと同じである。
解説
「地大にして墾かざるは、地無き者と同じ」——持っているだけで使っていない資源は、持っていないのと同じだ、という一行である。短いが、これほど資産の見方を変える句もそうない。使っていない土地、動いていない設備、割り当てられていない人。帳簿の上では資産だが、生む価値はゼロで、維持費だけがかかる。しかも所有していることが「うちには余力がある」という錯覚を与えるぶん、持っていないより悪いことすらある。会社の資産一覧を、この基準でもう一度眺めてみるとよい。
この章句が説くこと
地大にして墾かざるは地無きに同じ民衆くして用いざる遊休資産持っている錯覚人材責任
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