師導古典を学びたいすべての人に

商君書 / 農戦

夫民之親上死制也、以其旦暮從事於農。夫民之不可用也、見言談游士事君之可以尊身也、商賈之可以富家也、技藝之足以餬口也。民見此三者之便且利也、則必避農、避農則民輕其居、輕其居則必不為上守戰也。凡治國者、患民之散而不可搏也、是以聖人作壹、摶之也。國作壹一歲者、十歲彊、作壹十歲者、百歲彊、作壹百歲者、千歲彊、千歲彊者王。君修賞罰以輔壹教、是以其教有所常、而政有成也。

新字:夫民之親上死制也、以其旦暮従事於農。夫民之不可用也、見言談游士事君之可以尊身也、商賈之可以富家也、技芸之足以餬口也。民見此三者之便且利也、則必避農、避農則民軽其居、軽其居則必不為上守戦也。凡治国者、患民之散而不可搏也、是以聖人作壱、摶之也。国作壱一歳者、十歳彊、作壱十歳者、百歳彊、作壱百歳者、千歳彊、千歳彊者王。君修賞罰以輔壱教、是以其教有所常、而政有成也。

書き下し

夫れ民の上に親しみ制に死するは、その旦暮に農に從事するを以てなり。夫れ民の用うべからざるは、言談游士の君に事えて以て身を尊くすべきを見、商賈の以て家を富ますべきを見、技藝の以て口を餬するに足るを見ればなり。民この三者の便にして且つ利なるを見れば、則ち必ず農を避く。農を避くれば則ち民はその居を輕んず。その居を輕んずれば、則ち必ず上の為に守戰せざるなり。凡そ國を治むる者は、民の散じて搏むべからざるを患う、是を以て聖人は壹を作し、これを摶むるなり。國、壹を作すこと一歲なる者は、十歲にして彊く、壹を作すこと十歲なる者は、百歲にして彊く、壹を作すこと百歲なる者は、千歲にして彊し。千歲彊き者は王たり。君、賞罰を修めて以て壹教を輔く、是を以てその教えに常とする所有りて、政に成る有るなり。

現代語訳

民が上に親しみ、掟のために死ぬのは、朝から晩まで農業に従事しているからである。民が使いものにならなくなるのは、弁舌の遊説家が君主に仕えて身を高くできるのを見、商人が家を富ませられるのを見、技芸が口を糊するに足るのを見るからだ。民がこの三つを便利で有利だと見れば、必ず農業を避ける。農業を避ければ、民は自分の住む土地を軽んじる。土地を軽んじれば、必ず上のために守りも戦いもしない。およそ国を治める者は、民が散らばって一つに束ねられないことを憂える。だから聖人は一つに絞り、民を束ねるのである。国が一つに絞ることを一年続ければ十年強く、十年続ければ百年強く、百年続ければ千年強い。千年強い国は王者となる。君主は賞罰を整えて、この一つに絞る教えを支える。だからその教えには一定の基準があり、政治に成果が出るのである。

解説

「壹を作すこと一歲なる者は、十歲にして彊し」——一年の徹底が十年効く、という時間の見方がここにある。方向を絞ることの効果は、続けた年数に対して大きく遅れて、しかも長く出る。裏を返せば、絞りきれない年が続けば、その弱さもまた長く尾を引く。そしてもう一つ重要なのが、民が土地を軽んじる筋道の描き方だ。他に儲かる道が見えた瞬間、人は自分がいまいる場所を軽く見るようになり、そこを守らなくなる。定着とは待遇の話ではなく、ここにいることの意味の話だと読める。

この章句が説くこと

壱を作す一歳にして十歳強しその居を軽んず賞罰は壱教を輔く

関連する章句

この一句を、あなたの毎日に。

古典の教えを、今の状況に当てはめて考えてみる——師導があなたの学びと選択を支えます。

師導で古典を学ぶ
いま登録すると、7日間すべての機能を無料でお試しいただけます。 無料ではじめる