商君書 / 農戦
故其民農者寡、而游食者眾、眾則農者怠、農者怠則土地荒。學者成俗、則民舍農、從事於談說、高言偽議、舍農游食、而以言相高也。故民離上而不臣者、成群。此貧國弱兵之教也。夫國庸民以言、則民不畜於農。故惟明君知好言之不可以彊兵闢土也。惟聖人之治國、作壹、摶之於農而已矣。
新字:故其民農者寡、而游食者衆、衆則農者怠、農者怠則土地荒。学者成俗、則民舎農、従事於談説、高言偽議、舎農游食、而以言相高也。故民離上而不臣者、成群。此貧国弱兵之教也。夫国庸民以言、則民不畜於農。故惟明君知好言之不可以彊兵闢土也。惟聖人之治国、作壱、摶之於農而已矣。
書き下し
故にその民、農する者寡くして、游食する者眾し。眾ければ則ち農する者は怠り、農する者怠れば則ち土地は荒る。學ぶ者俗を成せば、則ち民は農を舍てて、談說に從事し、高言偽議し、農を舍てて游食し、而して言を以て相い高しとす。故に民、上を離れて臣とせざる者、群を成す。これ國を貧しくし兵を弱くするの教えなり。夫れ國、民を庸うに言を以てすれば、則ち民は農に畜えられず。故に惟だ明君のみ言を好むの以て兵を彊くし土を闢くべからざるを知る。惟だ聖人の國を治むるや、壹を作し、これを農に摶むるのみ。
現代語訳
だからその国では、農業をする者は少なく、働かずに食べる者が多い。多ければ農業をする者も怠け、怠ければ土地は荒れる。学問をすることが習わしになれば、民は農業を捨てて議論に従事し、高尚な物言いで偽りの議論をし、農業を捨てて遊び暮らし、言葉の巧みさで互いに上を取ろうとする。こうして上から離れて臣下たろうとしない者が群れをなす。これこそ国を貧しくし兵を弱くする教えである。国が民を言葉で雇うようになれば、民は農業に留まらない。だから明君だけが、弁舌を好むことでは兵を強くも領土を広くもできないと知っている。聖人が国を治めるときは、一つに絞り、民を農業に束ねるだけである。
解説
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