新序 / 善謀第九
晉文公、秦穆公共圍鄭,以其無禮而附於楚,鄭大夫佚之狐言於鄭君曰:「若使燭之武見秦君,圍必解。」鄭君從之,召燭之武;使之,辭曰:「臣之壯也,猶不如人,今老矣,無能為也。」鄭君曰:「吾不能蚤用子,今急而求子,是寡人之過也。然鄭亡,子亦有不利焉。」燭之武許諾。
新字:晉文公、秦穆公共囲鄭,以其無礼而附於楚,鄭大夫佚之狐言於鄭君曰:「若使燭之武見秦君,囲必解。」鄭君従之,召燭之武;使之,辞曰:「臣之壮也,猶不如人,今老矣,無能為也。」鄭君曰:「吾不能蚤用子,今急而求子,是寡人之過也。然鄭亡,子亦有不利焉。」燭之武許諾。
書き下し
晉の文公・秦の穆公共に鄭を圍む。其の無禮にして楚に附くを以てなり。鄭の大夫佚之狐鄭君に言いて曰く、若し燭之武をして秦君に見えしめば、圍必ず解けん、と。鄭君之に從い、燭之武を召す。之をして使いせしむ。辭して曰く、臣の壯なるや、猶お人に如かず。今老いたり。爲す能う無きなり、と。鄭君曰く、吾蚤く子を用うる能わず、今急にして子を求むるは、是れ寡人の過ちなり。然れども鄭亡びなば、子も亦た不利有らん、と。燭之武許諾す。
現代語訳
晋の文公と秦の穆公がともに鄭を囲んだ。鄭が無礼で、しかも楚に付いていたからである。鄭の大夫の佚之狐が鄭君に言った。「もし燭之武を秦君に会わせれば、包囲は必ず解けます」。鄭君はこれに従い、燭之武を召した。使いに立たせようとした。断って言った。「臣は壮年のころでさえ、人に及びませんでした。いまは老いました。何もできません」。鄭君は言った。「私が早くあなたを用いられず、いま急になってあなたを求めるのは、私の過ちだ。しかし鄭が滅びれば、あなたにも不利があろう」。燭之武は承知した。
解説
国が囲まれてから、使われてこなかった老人が呼ばれます。断り文句に恨みがこもっていました。臣は壮年のころでさえ、人に及びませんでした。いまは老いました。説得の第一声が、言い訳ではありません。私が早くあなたを用いられず、いま急になってあなたを求めるのは、私の過ちだ。先に非を認めました。そのうえで、恨みとは別の理由を置きます。しかし鄭が滅びれば、あなたにも不利があろう。
この章句が説くこと
晉の文公秦の穆公共に鄭を囲む若し燭之武をして秦君に見えしめば囲必ず解けん臣の壮なるや猶お人に如かず今老いたり為す能う無きなり吾蚤く子を用うる能わず今急にして子を求むるは是れ寡人の過ちなり登用遅れ
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『新序』善謀第九夜出でて秦君に見えて曰く、秦晉鄭を圍む。鄭亡ぶるを知れり。若し亡びて君に益有らば、敢えて以て執事を煩わさん。鄭は晉の東に在り、秦は晉の西に在り。晉を越えて鄭を取るは、君其の難きを知るなり。焉くんぞ鄭を亡ぼして以て晉に陪するを用いん。晉は、秦の隣なり。隣の强きは、君の憂いなり。若し鄭を舍きて以て東道の主と爲さば、行李の往來、其の資糧を共にす。亦た害する所無し。且つ君晉君を立つるに、晉君君に焦・瑕を許す。朝に入るを得て、夕べに版を設けて界を畫す。君の知る所なり。夫れ晉何の厭くこと之れ有らん。既に東のかた鄭を取らば、又た其の西境を廣めんと欲す。秦を闕かずんば將に焉くにか之を取らん。秦を闕きて晉を利す。願わくは君之を圖れ、と。秦兵悅び、兵を引きて還る。晉の咎犯之を擊たんことを請う。文公曰く、不可なり。夫の人の力微かりせば鄭を弊す能わず。人の力に因りて以て之を弊すは、不仁なり。其の與する所を失うは、不知なり。亂を以て整に易うるは、不武なり。吾其れ還らん、と。亦た鄭を去り、圍遂に解く。燭之武は善謀と謂う可し。一言もて鄭を存して秦を安んず。鄭君善謀を蚤く用いざるは、國を削る所以なり。困りて焉に覺むるは、存するを得る所以なり。
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『春秋左氏伝』僖公三十年 燭之武、秦師を退く九月、甲午、晉侯・秦伯鄭を圍む、其の晉に無禮にして、且つ楚に貳(ふた)しきを以ってなり。……佚之狐鄭伯に言ひて曰く、「國危し。若し燭之武をして秦君に見えしめば、師必ず退かん」と。公之に從ふ。辭して曰く、「臣の壯なるや、猶ほ人に如かず。今老いたり、能く為す無きのみ」と。公曰く、「吾早く子を用ゐる能はず、今急にして子を求む、是れ寡人の過ちなり。然れども鄭亡びなば、子も亦た不利有らん」と。之を許す。夜縋(つな)して出で、秦伯に見えて曰く、「秦・晉鄭を圍む、鄭既に亡ぶるを知れり。若し鄭を亡ぼして君に益有らば、敢へて以って執事を煩はさん。國を越えて遠きを鄙とするは、君其の難きを知るなり。焉んぞ鄭を亡ぼして以って鄰を倍(ま)すを用ゐん。鄰の厚きは、君の薄きなり。若し鄭を舍(ゆる)して以って東道の主と為さば、行李の往來、其の乏困に共せん、君も亦た害する所無し。……夫れ晉、何の厭くこと之れ有らん。既に東のかた鄭を封じ、又其の西封を肆(のば)さんと欲す。若し秦を闕(か)かずんば、將に焉くにか取らん。秦を闕きて以って晉を利す、唯だ君之を圖れ」と。秦伯說び、鄭人と盟ふ。……子犯之を擊たんと謂ふ。公曰く、「不可なり。夫の人の力微かりせば此に及ばず。人の力に因りて之を敝(やぶ)るは、不仁なり。其の與(くみ)する所を失ふは、不知なり。亂を以って整に易ふるは、不武なり。吾其れ還らん」と。亦た之を去る。
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