新序 / 義勇第八
宋閔公臣長萬以勇力聞,萬與魯戰,師敗,為魯所獲,囚之宫中,數月歸之宋。宋閔公博婦人在側,公謂萬曰:「魯君孰與寡人美?」萬曰:「魯君美。天下諸侯,唯魯君耳。宜其為君也。」閔公矜,婦人妬因言曰:「爾魯之囚虜爾,何知?」萬怒,遂搏閔公頰,齒落於口,絶吭而死。仇牧聞君死,趨而至,遇萬於門,擕劍而叱之,萬臂擊仇牧而殺之,齒著於門闔。仇牧可謂不畏疆禦矣,趨君之難,顧不旋踵。
新字:宋閔公臣長万以勇力聞,万与魯戦,師敗,為魯所獲,囚之宫中,数月帰之宋。宋閔公博婦人在側,公謂万曰:「魯君孰与寡人美?」万曰:「魯君美。天下諸侯,唯魯君耳。宜其為君也。」閔公矜,婦人妬因言曰:「爾魯之囚虜爾,何知?」万怒,遂搏閔公頰,齒落於口,絶吭而死。仇牧聞君死,趨而至,遇万於門,擕剣而叱之,万臂擊仇牧而殺之,齒著於門闔。仇牧可謂不畏疆禦矣,趨君之難,顧不旋踵。
書き下し
宋の閔公の臣長萬勇力を以て聞こゆ。萬魯と戰い、師敗れ、魯の獲うる所と爲る。之を宮中に囚え、數月にして之を宋に歸す。宋の閔公博し、婦人側に在り。公萬に謂いて曰く、魯君と寡人と孰れか美なる、と。萬曰く、魯君美なり。天下の諸侯、唯だ魯君のみ。宜なる其の君爲るや、と。閔公矜り、婦人妬みて因りて言いて曰く、爾は魯の囚虜なるのみ。何をか知らん、と。萬怒り、遂に閔公の頰を搏つ。齒口より落ち、吭を絶ちて死す。仇牧君の死せるを聞き、趨りて至る。萬に門に遇う。劍を擕えて之を叱す。萬臂もて仇牧を擊ちて之を殺す。齒門闔に著く。仇牧は疆禦を畏れずと謂う可し。君の難に趨きて、顧みて踵を旋らさず。
現代語訳
宋の閔公の臣である長万は勇と力で知られていた。万は魯と戦い、軍が敗れて魯に捕らえられた。宮中に閉じ込め、数か月して宋に帰した。宋の閔公が双六をしていて、婦人がそばにいた。公は万に言った。「魯君と私とどちらが立派か」。万は言った。「魯君が立派です。天下の諸侯といえば、魯君だけです。君であるのももっともです」。閔公は気位を害し、婦人は妬んで口を挟んだ。「お前は魯の捕虜だっただけだ。何を知っている」。万は怒り、そのまま閔公の頬を打った。歯が口から落ち、喉が切れて死んだ。仇牧は君が死んだと聞き、走って来た。門で万に出くわした。剣を提げてこれを叱りつけた。万は腕で仇牧を打って殺した。歯が門の扉に食い込んだ。仇牧は強い相手を恐れなかったというべきである。君の難に駆けつけて、振り返って踵を返さなかった。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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呂氏春秋・離俗④齊の莊公の時、士有り、賓卑聚と曰う、夢に壯子有り、白縞の冠、丹繢の䘩、東布の衣、新たなる素履、墨き劍室、從にして之を叱し、其の面に唾す。惕然として寤むれば、徒に夢なり。終夜坐して自ら快からず。明日、其の友を召して之に告げて曰く、「吾少きより勇を好み、年六十にして挫して辱しめらるる所無し。今夜辱しめらる。吾將に其の形を索めんとす。期して之を得れば則ち可、得ずんば將に之に死せんとす。」毎朝其の友と俱に衢に立ち、三日得ず。卻きて自ら歿す。此を務に當れりと謂うは、則ち未だしきなり。然りと雖も、其の心の辱しめられざるは、以て加う可き有らんや。
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論語・陽貨篇子路曰く、「君子は勇を尚ぶか。」子曰く、「君子は義以て上と為す。君子勇有りて義無ければ乱を為し、小人勇有りて義無ければ盗を為す。」
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論語・公冶長篇子曰く、「道行われず、桴に乗りて海に浮かばん。我に従わん者は、其れ由か。」子路之を聞きて喜ぶ。子曰く、「由や、勇を好むこと我に過ぎたり。材を取る所無し。」
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論語・学而篇有子曰く、「信義に近ければ、言復む可きなり。恭礼に近ければ、恥辱に遠ざかるなり。因りて其の親を失わざれば、亦宗とす可きなり。」
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論語・陽貨篇子曰く、唯だ上知と下愚とは移らざるなり。
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孔子家語・六本孔子曰わく、「巧みにして度を好めば、必ず攻む。勇にして問うを好めば、必ず勝つ。智にして謀を好めば、必ず成る。愚者を以て之れに反す。是を以て、其の人に非ざれば、之れに告ぐるも聴かず。其の地に非ざれば、之れを樹うるも生ぜず。其の人を得れば、砂を聚めて之れに雨するが如し。其の人に非ざれば、聾を会めて之れを鼓するが如し。夫れ重きに処り寵を擅にし、専ら賢を妒むを事とするは、愚者の情なり。位高ければ則ち危うく、任重ければ則ち崩る、立ちて待つ可し。」