新序 / 節士第七
齊攻魯,求岑鼎,魯君載岑鼎往,齊侯不信而反之,以為非也,使人告魯君,栁下惠以為是,因請受之,請魯君請於栁下惠,栁下惠對曰:「君之欲以為岑鼎也,以免國也,臣亦有國於此,破臣之國,以免君之國,此臣所難也。」魯君乃以真岑鼎往。栁下惠可謂守信矣,非獨存已之國也,又存魯君之國。信之於人,重矣,猶輿之輗軏也。故孔子曰:「大車無輗,小車無軏,其何以行之哉!」此之謂也。
新字:斉攻魯,求岑鼎,魯君載岑鼎往,斉侯不信而反之,以為非也,使人告魯君,栁下恵以為是,因請受之,請魯君請於栁下恵,栁下恵対曰:「君之欲以為岑鼎也,以免国也,臣亦有国於此,破臣之国,以免君之国,此臣所難也。」魯君乃以真岑鼎往。栁下恵可謂守信矣,非独存已之国也,又存魯君之国。信之於人,重矣,猶輿之輗軏也。故孔子曰:「大車無輗,小車無軏,其何以行之哉!」此之謂也。
書き下し
齊魯を攻め、岑鼎を求む。魯君岑鼎を載せて往く。齊侯信ぜずして之を反す。以て非と爲すなり。人をして魯君に吿げしむ。栁下惠以て是と爲さば、因りて請う之を受けん、と。魯君栁下惠に請う。栁下惠對えて曰く、君の以て岑鼎と爲さんと欲するは、以て國を免れんとするなり。臣も亦た國を此に有す。臣の國を破りて、以て君の國を免れしむるは、此れ臣の難しとする所なり、と。魯君乃ち眞の岑鼎を以て往く。栁下惠信を守ると謂う可し。獨り已の國を存するのみに非ざるなり。又た魯君の國をも存す。信の人に於けるは、重し。猶お輿の輗軏のごときなり。故に孔子曰く、大車輗無く、小車軏無くんば、其れ何を以て之を行らんや、と。此の謂いなり。
現代語訳
斉が魯を攻め、岑鼎を求めた。魯君は岑鼎を載せて行った。斉侯は信じずにこれを返した。本物ではないとしたのである。人をやって魯君に告げさせた。「柳下恵が本物だと言うなら、それによって受け取ろう」。魯君は柳下恵に頼んだ。柳下恵は答えて言った。「君が岑鼎ということにしようとされるのは、それで国を免れるためです。臣にもまた、ここに国があります。臣の国を壊して、それで君の国を免れさせるのは、これは臣には難しいことです」。魯君はそこで本物の岑鼎を持って行った。柳下恵は信を守ったというべきである。ただ自分の国を保っただけではない。魯君の国もまた保った。信が人にとって持つ重みは、大きい。ちょうど車のくびきの留め具のようなものである。だから孔子は「大きな車にくびきの留め具がなく、小さな車にも留め具がなければ、いったい何によって走らせるのか」と言った。このことである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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呂氏春秋・審己③齊、魯を攻め、岑鼎を求む。魯君他の鼎を載せて以て往かしむ。齊侯信ぜずして之を反して、非と為し、人をして魯侯に告げしめて曰く、「柳下季以て是と為さば、請う因りて之を受けん。」魯君、柳下季に請う。柳下季答えて曰く、「君の賂するに岑鼎を以てするや、以て國を免れしめんと欲するなり。臣も亦た此に國有り。臣の國を破りて、以て君の國を免れしむるは、此れ臣の難しとする所なり。」是に於て魯君乃ち真の岑鼎を以て往けり。且に柳下季は此を能く說けりと謂う可し。獨り己の國を存せしのみに非ざるなり。又能く魯君の國を存したり。
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説苑・奉使梁王其の群臣を贅して其の過ちを議す。任座進み諫めて曰く、「主君の國は廣くして以て大なり、民は堅くして眾し、國中賢人辯士無くんば奈何せん。」王曰く、「寡人の國は小にして以て狹し、民は弱く臣は少なし、寡人獨り之を治む、安んぞ賢人辯士を用うる所あらんや。」任座曰く、「然らず。昔者齊故無くして兵を起こし魯を攻む。魯君之を患い、其の相を召して曰く、『之を爲すこと奈何せん。』相對えて曰く、『夫れ柳下惠少くして學を好み、長じて智に嘉し、主君試みに召して齊に使いせしめよ。』魯君曰く、『吾千乘の主なり、身自ら齊に使いするも、齊聽かず。夫れ柳下惠は特だ布衣韋帶の士なり、之を使いせしむるも又た何の益あらんや。』相對えて曰く、『臣之を聞く、火を乞う者は其の炮るを望まざるを得ずと。今柳下惠を齊に使いせしめば、縱い齊の兵を解かざるも、終に愈々魯を攻むるに益さざらん。』魯君乃ち曰く、『然らんか。』相即ち人をして柳下惠を召し來らしむ。門に入り、衣を袪げて趨らず。魯君席を避けて立ちて曰く、『寡人謂う所の飢えて黍稷を求め、渴して井を穿つ者、未だ嘗て能く以て喜びて子を見るを得ず。今國事急にして、百姓恐懼す、願わくは子大夫を藉りて齊に使いせしめん。』柳下惠曰く、『諾。』乃ち東のかた齊侯に見ゆ。齊侯曰く、『魯君將に懼れんとするか。』柳下惠曰く、『臣の君懼れず。』齊侯忿然として怒りて曰く、『吾魯の城を望むに、芒として國を失うに類するが若し、百姓屋を發き木を伐りて以て城郭を救う、吾視るに魯君の若きは吾が國に類す。子懼れずと曰うは何ぞや。』柳下惠曰く、『臣の君の懼れざる所以は、其の先人周より出でて、魯に封ぜられ、君の先君も亦た周より出でて、齊に封ぜられ、相與に周の南門を出で、羊を刳きて約して曰く、「自後子孫敢えて相攻むる者有らば、其の罪をして此の刳羊の若くならしめん」と。臣の君固より刳羊を以て懼れざるなり。然らずんば、百姓急ならざるに非ざるなり。』齊侯乃ち兵を解くこと三百里。夫れ柳下惠特だ布衣韋帶の士のみ、齊を解き、魯の難を釋くに至る、奈何ぞ賢士聖人無からんや。」
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呂氏春秋・貴信③齊の桓公、魯を伐つ。魯人敢て輕々しく戰わず。魯國を去ること五十里にして、之を封ず。魯、關內侯に比して以て聽かんことを請う。桓公之を許す。曹翽、魯の莊公に謂いて曰く、「君寧ろ死して又死すか。其れ寧ろ生きて又生きんか。」莊公曰く、「何の謂ぞや。」曹翽曰く、「臣の言を聽けば、國必ず廣大にして、身必ず安樂ならん。是れ生きて又生くるなり。臣の言を聽かずんば、國必ず滅亡して、身必ず危辱せられん。是れ死して又死すなり。」莊公曰く、「請う、從わん。」是に於て、明日、將に盟わんとす。莊公、曹翽と皆劍を懷にして壇上に至る。莊公左に桓公を搏え、右に劍を抽きて以て自ら承く。曰く、「魯國、境を去ること數百里なるも、今、境を去ること五十里なり。亦た生くる無し。鈞しく其れ死せば、君前に戮せられん。」管仲・鮑叔進む。曹翽、劍を按じて、兩陛の間に當りて曰く、「且に二君將に圖を改めんとす。進む者或る毋かれ。」莊公曰く、「汶に封ずれば則ち可なり、不らずんば則ち請う、死せん。」管仲曰く、「地を以て君を衛る、君を以て地を衛るに非ず。君其れ之を許せ。」乃ち遂に汶の南に封じ、之と盟う。歸りて予うること勿らんと欲す。管仲曰く、「不可なり。人特に君を劫やかして盟わざらんとして、君知らざるは、智と謂う可からず。難に臨みて聽くこと勿き能わざるは、勇と謂う可からず。之を許して予えざるは、信と謂う可からず。不智不勇不信、此の三者有れば、以て功名を立つ可からず。之を予うれば、地を亡うと雖も亦た信を得ん。四百里の地を以て信を天下に見さば、君猶ほ得るがごときなり。」莊公は仇なり。曹翽は賊なり。仇賊にも信なり。又況んや仇賊に非ざる者に於いてをや。夫れ之を九合して合し、之を壹匡して聽かるること、此れ從り生ず。管仲は能く物に因ると謂う可し。辱を以て榮と為し、窮を以て通と為す。前に失うと雖も、後に之を得たりと謂う可し。物固より全かる可からざるなり。
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説苑・奉使齊魯を攻む。子貢哀公に見え、吳に救いを求めんことを請う。公曰く、「奚ぞ先君の寶を用いんや。」子貢曰く、「吳をして寶を責めて我に師を與えしむれば、是れ恃むべからざるなり。」是に於て楊幹麻筋の弓六を以て往く。子貢吳王に謂いて曰く、「齊無道を爲し、周公の後をして血食せざらしめんと欲す。且つ魯の賦五百、邾の賦三百なり。識らず此を以て齊を益せば、吳の利ならんか、非ならんか。」吳王懼れ、乃ち師を興して魯を救う。諸侯曰く、「齊周公の後を伐つに、吳之を救う。」遂に吳に朝す。
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呂氏春秋・爲欲④凡そ國を治むるは、其の民をして爭いて義行わしめ、亂國は其の民をして爭いて不義を為さしむるなり。彊國は其の民をして爭いて用いらるるを樂しましめ、弱國は其の民をして爭いて用いられざるを競わしむ。夫れ爭いて義を行いて用いらるるを樂しむと、爭いて不義を為して用いられざるを競うとは、此れ其の禍福為ることは、天覆うこと能わず、地載すること能わず。晉の文公、原を伐ち、士と七日を期す。七日して原下らず。命じて之を去らしめんとす。謀士言いて曰く、「原將に下らんとす。」師吏、之を待たんことを請う。公曰く、「信は、國の寶なり。原を得て寶を失うは、吾為さざるなり。」遂に之を去る。明年復た之を伐ち、士と必ず原を得て然る後反らんことを期す。原人之を聞き乃ち下る。衛人之を聞き、文公の信を以て至れりと為し、乃ち文公に歸す。故に、原を攻めて衛を得たりと曰うは、此の謂なり。文公は原を得ることを欲せざるに非ざるなり。不信を以て原を得るは、得ること勿きに若かざればなり。必ず誠信にして以て之を得れば、之に歸する者は獨り衛のみに非ざるなり。文公は欲を求むることを知れりと謂う可し。
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戦国策・秦興師臨周而求九鼎秦、師を興して周に臨みて九鼎を求む。周君これを患ひ、以て顏率に告ぐ。顏率曰く、「大王憂ふる勿かれ、臣請ふ東のかた齊に救ひを借らん」と。顏率齊に至り、齊王に謂ひて曰く、「夫れ秦の無道を為すや、兵を興して周に臨みて九鼎を求めんと欲す。周の君臣、内に自ら計を尽くすに、秦に与へんよりは大国に帰するに若かず。夫れ危国を存するは美名なり、九鼎を得るは厚寶なり。願はくは大王これを図れ」と。齊王大いに悦び、師五萬人を発し、陳臣思をして将として以て周を救はしめ、秦兵罷む。齊将九鼎を求む、周君また之を患ふ。顏率曰く、「大王憂ふる勿かれ、臣請ふ東のかたこれを解かん」と。顏率齊に至り、齊王に謂ひて曰く、「周、大国の義に頼りて、君臣父子相保つを得たり。願はくは九鼎を献ぜん、識らず大国何れの塗より従ひてこれを齊に致さんとするか」と。齊王曰く、「寡人将に径を梁に寄せんとす」と。顏率曰く、「不可なり。夫れ梁の君臣九鼎を得んと欲し、これを暉臺の下、少海の上に謀ること、其の日久し。鼎梁に入らば、必ず出でざらん」と。齊王曰く、「寡人将に径を楚に寄せんとす」と。対へて曰く、「不可なり。楚の君臣九鼎を得んと欲し、これを葉庭の中に謀ること、其の日久し。若し楚に入らば、鼎必ず出でざらん」と。王曰く、「寡人終に何れの塗より従ひてこれを齊に致さんや」と。顏率曰く、「弊邑固より竊かに大王の為にこれを患ふ。夫れ鼎なる者は、䤈壺醬甀の耳の如く、懐き挾み提げ挈げて以て齊に至るべき者に非ず。鳥集ひ烏飛び、兔興り馬逝くが如く、灕然として齊に止まる者に非ず。昔周の殷を伐つや、九鼎を得たり。凡そ一鼎にして九萬人これを輓く、九九八十一萬人、士卒師徒、器械被具、備ふる所以の者此れに稱ふ。今大王縦ひ其の人有るとも、何れの塗より従ひて出でんや。臣竊かに大王の為に私かにこれを憂ふ」と。齊王曰く、「子の数々来たる者は、猶ほ与ふる無きのみ」と。顏率曰く、「敢へて大国を欺かず、疾く出だす所を定めば、弊邑鼎を遷して以て命を待たん」と。齊王乃ち止む。