新序 / 刺奢第六
魏文侯見箕季其墻壞而不築,文侯曰:「何為不築?」對曰:「不時,其墻枉而不端。」問曰:「何不端?」曰:「固然。」從者食其園之桃,箕季禁之。少焉日晏,進糲餐之食,𤓰瓠之羮文侯出,其僕曰:「君亦無得於箕季矣。曩者進食,臣竊窺之,糲餐之食,𤓰瓠之羮文侯曰:「吾何無得於季也?吾一見季而得四焉。其墻壞不築,云待時者,教我無奪農時也。墻枉而不端,對曰固然者,是教我無侵封疆也。從者食園桃,箕季禁之,豈愛桃哉!是教我下無侵上也。食我以糲餐者,季豈不能具五味哉!教我無多歛於百姓,以省飲食之養也。」
新字:魏文侯見箕季其墻壊而不築,文侯曰:「何為不築?」対曰:「不時,其墻枉而不端。」問曰:「何不端?」曰:「固然。」従者食其園之桃,箕季禁之。少焉日晏,進糲餐之食,𤓰瓠之羹文侯出,其僕曰:「君亦無得於箕季矣。曩者進食,臣竊窺之,糲餐之食,𤓰瓠之羹文侯曰:「吾何無得於季也?吾一見季而得四焉。其墻壊不築,云待時者,教我無奪農時也。墻枉而不端,対曰固然者,是教我無侵封疆也。従者食園桃,箕季禁之,豈愛桃哉!是教我下無侵上也。食我以糲餐者,季豈不能具五味哉!教我無多歛於百姓,以省飲食之養也。」
書き下し
魏の文侯箕季に見ゆ。其の墻壞れて築かず。文侯曰く、何爲れぞ築かざる、と。對えて曰く、時ならず、と。其の墻枉りて端しからず。問いて曰く、何ぞ端しからざる、と。曰く、固より然り、と。從者其の園の桃を食らう。箕季之を禁ず。少焉くして日晏る。糲餐の食、瓜瓠の羹を進む。文侯出づ。其の僕曰く、君も亦た箕季に得る無し。曩者食を進むるに、臣竊かに之を窺うに、糲餐の食、瓜瓠の羹なり、と。文侯曰く、吾何ぞ季に得る無からんや。吾一たび季に見えて四つを得たり。其の墻壞れて築かず、時を待つと云うは、我に農時を奪う無かれと教うるなり。墻枉りて端しからず、對えて固より然りと曰うは、是れ我に封疆を侵す無かれと教うるなり。從者園桃を食らうに、箕季之を禁ずるは、豈に桃を愛しまんや。是れ我に下の上を侵す無かれと教うるなり。我に食わすに糲餐を以てするは、季豈に五味を具うる能わざらんや。我に百姓に多く歛むる無く、以て飲食の養を省かんことを教うるなり、と。
現代語訳
魏の文侯が箕季に会った。その垣が壊れているのに直していなかった。文侯は言った。「どうして直さないのか」。答えた。「時期ではありません」。その垣は曲がっていてまっすぐでなかった。問うた。「どうしてまっすぐでないのか」。言った。「もともとそうなのです」。従者がその庭の桃を食べた。箕季はこれを禁じた。しばらくして日が傾いた。粗末な飯と、瓜や瓢の吸い物を出した。文侯が出た。その御者は言った。「君も箕季から得るものがありませんでしたな。さきほど食事を出したとき、私がこっそり覗くと、粗末な飯と、瓜や瓢の吸い物でした」。文侯は言った。「私がどうして季から得るものがなかろうか。私は一度季に会って四つ得た。垣が壊れているのに直さず、時を待つと言ったのは、私に農繁期を奪うなと教えたのだ。垣が曲がってまっすぐでないのに、もともとそうだと答えたのは、私に国境を侵すなと教えたのだ。従者が庭の桃を食べたとき、箕季がこれを禁じたのは、桃を惜しんだのだろうか。これは私に、下が上を侵すことのないようにと教えたのだ。私に粗末な飯を食わせたのは、季が五つの味を揃えられないはずがあろうか。私に、民から多く取り立てず、飲食の費えを省けと教えたのだ」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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説苑・建本文公、咎季を見るに、其の廟西牆に傅く。公曰わく、「孰か処りて西せる」と。対えて曰わく、「君の老臣なり」と。公曰わく、「西のかた而の宅を益せ」と。対えて曰わく、「臣の忠は老臣の力に如かず、其の牆壊れて築かず」と。公曰わく、「何ぞ築かざる」と。対えて曰わく、「一日稼せずんば、百日食わず」と。公出でて之を僕に告ぐ。僕軫に稽首して曰わく、「呂刑に云う、『一人慶い有れば、兆民之に頼る』と。君の明は、群臣の福なり」と。乃ち国に令して曰わく、「宮室を淫にして以て人の宅を妨ぐる毋かれ、板築時を以てし、農功を奪う無かれ」と。
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『新序』雜事第一昔者、魏の武侯事を謀りて當たり、羣臣能く逮ぶ莫し。朝して喜色有り。吳起進みて曰く、今者楚の莊王の語を以て聞く者有りや、と。武侯曰く、未だし。莊王の語は柰何、と。吳起曰く、楚の莊王事を謀りて當たり、羣臣能く逮ぶ莫し。朝して憂色有り。申公巫臣進みて曰く、君朝して憂色有るは何ぞや、と。莊王曰く、吾之を聞く、諸侯自ら師を擇ぶ者は王たり、自ら友を擇ぶ者は霸たり、己に足りて羣臣之に若く莫き者は亡ぶ、と。今不穀の不肖を以てして朝に議するに、且つ羣臣能く逮ぶ莫し。吾が國其れ亡ぶに幾し。吾是を以て憂色有るなり、と。莊王の憂うる所以にして、君獨り喜色有るは、何ぞや、と。武侯逡巡して謝して曰く、天夫子をして寡人の過ちを振わしむるなり、天夫子をして寡人の過ちを振わしむるなり、と。
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『新序』雜事第二魏の文侯出でて遊ぶ。路人の裘を反にして芻を負うを見る。文侯曰く、胡爲れぞ裘を反にして芻を負う、と。對えて曰く、臣其の毛を愛しむ、と。文侯曰く、若は其の裏盡きて、毛の恃む所無きを知らざるか、と。明年、東陽の上計錢布十倍す。大夫畢く賀す。文侯曰く、此れ我を賀する所以に非ざるなり。譬うれば夫の路人の裘を反にして芻を負うに異なる無きなり。將に其の毛を愛しまんとして、其の裏盡くれば毛の恃む所無きを知らざるなり。今吾が田地は廣きを加えず、士民は衆きを加えず。而して錢十倍す。必ず之を士大夫に取ればなり。吾之を聞く、下安からざれば、上居る可からず、と。此れ我を賀する所以に非ざるなり、と。
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『新序』雜事第五魏の文侯段干木の閭を過ぎて軾す。其の僕曰く、君何爲れぞ軾する、と。曰く、此れ段干木の閭に非ずや。段干木は蓋し賢者なり。吾安んぞ敢えて軾せざらんや。且つ吾聞く、段干木未だ嘗て肯えて己を以て寡人に易えざるなり、と。吾安んぞ敢えて之を高しとせんや。段干木は德に光り、寡人は地に光る。段干木は義に富み、寡人は財に富む。地は德に如かず、財は義に如かず。寡人當に之に事うべき者なり、と。遂に祿百萬を致し、而して時に往きて之を問う。國人皆な喜び、相い與に之を誦して曰く、吾が君正しきを好む、段干木の敬なり。吾が君忠を好む、段干木の隆なり、と。居ること幾何も無く、秦兵を興して魏を攻めんと欲す。司馬唐且秦君に諫めて曰く、段干木は、賢者なり。而して魏之を禮す。天下聞かざる莫し。乃ち兵を加う可からざる無からんや、と。秦君以て然りと爲し、乃ち兵を案じて輟め、魏を攻めず。文侯善く兵を用うと謂う可し。夫れ君子の善く兵を用うるや、其の形を見わさずして、攻め已に成る。其れ此の謂いなり。野人の兵を用うるや、鼓聲は則ち雷に似、號呼は則ち地を動かし、塵氣天に充ち、流矢雨の如し。傷を扶け死を舉げ、腸を履み血を渉る。無罪の民、其の死する者已に澤に量る。而して國の存亡、主の死生、猶お未だ知る可からざるなり。其の仁義を離るることも亦た遠し。
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『新序』雜事第四晉の文公虢に田し、一老夫に遇いて問いて曰く、虢の虢爲ること久し。子此に處ること故し。虢の亡ぶるは其れ説有るか、と。對えて曰く、虢君斷ずるは則ち能わず、諫むるは則ち與にする無きなり。斷ずる能わず、又た人を用うる能わず。此れ虢の亡ぶる所以なり、と。文公以て田を輟めて歸る。趙衰に遇いて之に告ぐ。趙衰曰く、今其の人安くに在りや、と。君曰く、吾之と來たらざるなり、と。趙衰曰く、古の君子は、其の言を聽きて其の人を用う。今の君子は、其の言を聽きて其の身を棄つ。哀しいかな、晉國の憂いなり、と。文公乃ち召して之を賞す。是に於いて晉國善言を納るるを樂しみ、文公卒に以て霸たり。
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『新序』雜事第二晉の文公麋を逐いて之を失う。農夫老古に問いて曰く、吾が麋は何くに在る、と。老古足を以て指して曰く、是くの如く往けり、と。公曰く、寡人子に問うに、足を以て指すは、何ぞや、と。老古衣を振るいて起ちて曰く、一に人君の此くの如きを意わざるなり。虎豹の居るや、閒を厭いて人に近づく。故に得らる。魚鼈の居るや、深きを厭いて淺きに之く。故に得らる。諸侯は衆を厭いて其の國を亡う。詩に云う、維れ鵲に巢有り、維れ鳩之に居る、と。君放きて歸らずんば、人將に君たらんとす、と。是に於いて文公恐る。歸りて欒武子に遇う。欒武子曰く、獵して獸を得たるか。而も悦色有り、と。文公曰く、寡人麋を逐いて之を失う。善言を得たり。故に悦色有り、と。欒武子曰く、其の人安くに在りや、と。曰く、吾未だ與に來たらざるなり、と。欒武子曰く、上位に居りて其の下を恤れまざるは、驕なり。令を緩くして誅を急にするは、暴なり。人の言を取りて其の身を棄つるは、盜なり、と。文公曰く、善し、と。還りて老古を載せ、與に俱に歸る。