新序 / 雜事第五
湯見祝網者置四面,其祝曰:「從天墜者,從地出者,從四方來者,皆離吾網。」湯曰:「嘻!盡之矣,非桀其孰為此?」湯乃解其三面,置其一面,更教之祝曰:「昔蛛蝥作網,今之人循序,欲左者左,欲右者右,欲髙者髙,欲下者下,吾取其犯命者。」漢南之國聞之曰:「湯之徳及禽獸矣。」四十國歸之。人置四面,未必得鳥,湯去三面,置其一面,以網四十國,非徒網鳥也。
新字:湯見祝網者置四面,其祝曰:「従天墜者,従地出者,従四方来者,皆離吾網。」湯曰:「嘻!尽之矣,非桀其孰為此?」湯乃解其三面,置其一面,更教之祝曰:「昔蛛蝥作網,今之人循序,欲左者左,欲右者右,欲高者高,欲下者下,吾取其犯命者。」漢南之国聞之曰:「湯之徳及禽獣矣。」四十国帰之。人置四面,未必得鳥,湯去三面,置其一面,以網四十国,非徒網鳥也。
書き下し
湯網を祝する者の四面に置くを見る。其の祝に曰く、天より墜つる者、地より出づる者、四方より來たる者、皆な吾が網に離らん、と。湯曰く、嘻、之を盡くせり。桀に非ずんば其れ孰か此を爲さん、と。湯乃ち其の三面を解き、其の一面を置き、更めて之に教えて祝せしめて曰く、昔蛛蝥網を作る。今の人序に循う。左せんと欲する者は左し、右せんと欲する者は右し、高からんと欲する者は高く、下らんと欲する者は下れ。吾は其の命を犯す者を取らん、と。漢南の國之を聞きて曰く、湯の德禽獸に及べり、と。四十國之に歸す。人四面に置くも、未だ必ずしも鳥を得ず。湯三面を去り、其の一面を置き、以て四十國を網す。徒だ鳥を網するのみに非ざるなり。
現代語訳
湯が、網を張って祈る者が四方に網を置いているのを見た。その祈りにいわく、「天から落ちてくるもの、地から出てくるもの、四方からやって来るもの、みなわが網にかかれ」。湯は言った。「ああ、取り尽くしてしまう。桀でなければ誰がこんなことをしようか」。湯はそこでその三面を解き、一面だけを残し、あらためて教えて祈らせて言った。「昔、くもが網を作った。いまの人はその順に従っている。左へ行きたい者は左へ、右へ行きたい者は右へ、高く行きたい者は高く、低く行きたい者は低く行け。私はその命に逆らう者だけを取ろう」。漢水の南の国々はこれを聞いて言った。「湯の徳は鳥獣にまで及んだ」。四十の国がこれに帰した。人が四面に網を置いても、必ずしも鳥が獲れるとはかぎらない。湯は三面を取り去り、一面だけを残して、それで四十の国を網にかけた。ただ鳥を網にかけただけではないのである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
呂氏春秋・異用②湯、網に祝する者の四面に置くを見る。其の祝に曰く、「天從り墜つる者、地從り出づる者、四方從り來たる者、皆吾が網に離れ。」湯曰く、「嘻、之を盡くすかな。桀に非ざれば、其れ孰か此を為さんや。」湯、其の三面を収めて、其の一面に置き、更に祝に教えて曰く、「昔蛛蝥網罟を作り、今の人紓を學ぶ。左せんと欲する者は左せよ、右せんと欲する者は右せよ、高らんと欲する者は高れ、下らんと欲する者は下れ、吾其の命を犯す者を取らえん。」漢南の國、之を聞きて曰く、「湯の德、禽獸に及べり。」四十國之に歸す。人四面に置くも、未だ必ずしも鳥を得ず。湯、其の三面を去り、其の一面に置きて、以て其の四十國を網せり。徒に鳥を網するに非ざるなり。
-
史記 殷本紀湯出でて、野に網を四面に張り、祝して曰く、「天下四方より皆吾が網に入れ」と。湯曰く、「嘻、之を尽くせり」と。乃ち其の三面を去り、祝して曰く、「左せんと欲すれば、左せよ。右せんと欲すれば、右せよ。命を用ゐざれば、乃ち吾が網に入れ」と。諸侯聞きて、曰く、「湯の徳至れり、禽獣に及ぶ」と。
-
呂氏春秋・離俗②舜、其の友石戶之農に讓る。石戶之農曰く、「棬棬たるかな、后の人と為りや。葆力の士なり。」舜の德を以て未だ至らざると為す。是に於てか、夫は負い、妻は戴き、子を攜えて以て海に入り、之を去りて、終身反らず。舜、又其の友北人無擇に讓る。北人無擇曰く、「異なるかな、后の人と為りや。甽畝の中に居りて、游んで堯の門に入る。是の若くにして已まず。又其の辱行を以て我を漫さんと欲す。我之を羞づ。」而して自ら蒼領の淵に投ず。湯將に桀を伐たんとし、卞隨に因りて謀る。卞隨辭して曰く、「吾が事に非ざるなり。」湯曰く、「孰か可ならん。」卞隨曰く、「吾知らざるなり。」湯又務光に因りて謀る。務光曰く、「吾が事に非ざるなり。」湯曰く、「孰か可ならん。」務光曰く、「吾知らざるなり。」湯曰く、「伊尹は何如。」務光曰く、「彊いて力め詬を忍ぶ。吾其の他を知らざるなり。」湯遂に伊尹と夏を謀り桀を伐ち、之に克ちて、以て卞隨に讓る。卞隨辭して曰く、「后の桀を伐つや、我に謀るは、必ず我を以て賊と為すなり。桀に勝ちて我に讓るは、必ず我を以て貪と為すなり。吾、亂世に生まれ、無道の人再び來たりて我を詬しむ。吾數々聞くに忍びざるなり。」乃ち自ら潁水に投じて死す。湯又務光に讓りて曰く、「智者之を謀り、武者之を遂げ、仁者之に居るは、古の道なり。吾子胡ぞ之に位せざる。請う吾子に相たらん。」務光辭して曰く、「上を廢するは、義に非ざるなり。民を殺すは、仁に非ざるなり。人、其の難を犯し、我、其の利を享くるは、廉に非ざるなり。吾之を聞く、『其の義に非ざれば、其の利を受けず。無道の世には、其の土を踐まず。』況んや我を尊くするに於いてをや。吾久しく見るに忍びず。」乃ち石を負いて募水に沈む。故に石戶之農・北人無擇・卞隨・務光の如きの者は、其の天下を視ること、六合の外の若く、人の察する能わざる所なり。其の富貴を視るや、苟も已むことを得可ければ、則ち必ず之に賴らず。高節厲行、獨り其の意を樂しみて、物之を害する莫し。利に漫されず、埶に索かれず、而して濁世に居ることを羞づ。惟れ此の四士者の節なり。夫の舜・湯の若きは、則ち苞裹覆容し、已むことを得ざるに縁りて動き、時に因りて為し、愛利を以て本と為し、萬民を以て義と為す。之を譬うれば、釣者の魚に小大有り、餌に宜適有り、羽に動靜有るが若し。
-
荘子・庚桑楚一雀羿に適(ゆ)けば、羿必ず之を得。威なり。天下を以て之が籠と為さば、則ち雀は逃るる所無し。是の故に湯は胞人(ほうじん)を以て伊尹(いいん)を籠にし、秦の穆公は五羊の皮を以て百里奚を籠にす。是の故に其の好む所を以て之を籠にするに非ずして得べき者は、有る無きなり。
-
説苑・君道楚の荘王猟を好む。大夫諫めて曰く、「晋楚は敵国なり、楚晋を謀らざれば、晋必ず楚を謀らん、今王乃ち楽に耽るに無からんか」と。王曰く、「吾猟は将に以て士を求めんとするなり。其の榛藂に虎豹を刺す者は、吾是を以て其の勇を知るなり。其の犀を攫み兕を搏つ者は、吾是を以て其の勁力有るを知るなり。田を罷めて得る所を分かつは、吾是を以て其の仁を知るなり。是の道に因りて三士を得たり、楚国以て安し」と。故に曰く、苟くも志有れば則ち事に非ざる者無し、此を之れ謂うなり。湯の時、大旱七年、雒坼け川竭き、沙を煎じ石を爛す。是に於いて人をして三足の鼎を持たしめ、山川に祝せしめ、之に祝を教えて曰く、政節ならざるか、人をして疾ましむるか、苞苴行わるるか、讒夫昌んなるか、宮室営まるるか、女謁盛んなるか、何ぞ雨ふらざるの極まりなるやと。蓋し言未だ已まざるに天大いに雨る。故に天の人に応ずるは、影の形に随い、響の声に効うが如き者なり。詩に云う、「上下奠瘞す、神として宗せざる靡し」と。旱を疾むを言うなり。
-
『新序』雜事第二鴻鵠は猶お其の小なる者なり。蔡侯の事故に是れなり。蔡侯南のかた高陵に遊び、北のかた巫山を徑り、麋・麕・麞・鹿を逐い、谿子を彉きて隨い、時鳥高蔡の囿に嬉遊し、溢滿涯無く、國家を以て事と爲さず。知らず、子發宣王に令を受け、厄するに淮水を以てし、填つるに巫山を以てし、庚子の朝、纓するに朱絲を以てし、臣として之を宣王に奏せしを。蔡侯の事も猶お其の小なる者なり。今君王の事、遂に左に州侯、右に夏侯、新安君と壽陵君とを從え、淫衍侈靡、康樂遊娛して雲夢の中に馳騁し、天下と國家とを以て事と爲さず。知らず、穰侯方に秦王と謀り、之を黽厄に寘きて之を黽塞の外に投ぜんとするを、と。襄王大いに懼れ、形體掉栗して曰く、謹んで令を受けん、と。乃ち莊辛を封じて成陵君と爲し、計を用う。與に淮北の地十二諸侯を舉ぐ。