史記 / 殷本紀
湯出,見野張網四面,祝曰:「自天下四方皆入吾網。」湯曰:「嘻,盡之矣!」乃去其三面,祝曰:「欲左,左;欲右,右。不用命,乃入吾網。」諸侯聞之,曰:「湯德至矣,及禽獸。
新字:湯出,見野張網四面,祝曰:「自天下四方皆入吾網。」湯曰:「嘻,尽之矣!」乃去其三面,祝曰:「欲左,左;欲右,右。不用命,乃入吾網。」諸侯聞之,曰:「湯徳至矣,及禽獣。
書き下し
湯出でて、野に網を四面に張り、祝して曰く、「天下四方より皆吾が網に入れ」と。湯曰く、「嘻、之を尽くせり」と。乃ち其の三面を去り、祝して曰く、「左せんと欲すれば、左せよ。右せんと欲すれば、右せよ。命を用ゐざれば、乃ち吾が網に入れ」と。諸侯聞きて、曰く、「湯の徳至れり、禽獣に及ぶ」と。
現代語訳
湯王が外へ出ると、野で網を四方に張り、こう祈っている者がいた。「天下四方から、みな私の網に入れ」。湯王は言った。「ああ、それでは取り尽くしてしまう」。そして三方の網を取り払わせ、こう祈った。「左へ行きたい者は左へ行け。右へ行きたい者は右へ行け。どうしても命に従わない者だけが、私の網に入ればよい」。諸侯はこれを聞いて言った。「湯の徳は至れり尽くせりだ。鳥や獣にまで及んでいる」。
解説
「すべてを取り尽くそうとせず、あえて逃げ道を残す——その寛容さが、人の心をつかむ」——「網を三面開く」という有名な逸話を描いた一段です。殷の湯王が、野に出たとき、ある人が、四方すべてに狩りの網を張りめぐらせ、こう祈っているのを見ました。「天下の四方から、すべての獲物が、この私の網に入りますように」と。獲物を一匹残らず捕らえ尽くそうという、貪欲な祈りです。これを見た湯王は、「ああ、これでは、獲物を根こそぎ取り尽くしてしまう(盡之矣)」と言って、なんと、網の三面を取り払わせました。そして、こう祈り直したのです。「左へ行きたい者は、左へ行け。右へ行きたい者は、右へ行け。(それでも)どうしても命に従わず、(生きる道を選ばず)逃げようとしない者だけが、この私の網に入ればよい(欲左左、欲右右、不用命乃入吾網)」と。捕らえ尽くすのではなく、逃げ道を大きく残し、生きようとする者は逃がしてやる——その慈悲深さです。この話を聞いた諸侯たちは、こう言って感嘆しました。「湯王の徳は、極まっている。その慈悲は、(人間だけでなく)鳥や獣にまで及んでいる(湯德至矣、及禽獸)」と。そして、その徳を慕って、多くの諸侯が湯王に帰服したのです。ここに、寛容さについての教訓があります。第一に、たとえ手に入れられる立場にあっても、すべてを取り尽くそうとせず、あえて逃げ道・余地を残す寛容さ。湯王は、獲物を根こそぎにせず、三面を開いた。相手を追い詰めて全部を奪おうとするのではなく、逃げ道を残す——この余裕が、かえって人の心をつかむ。第二に、貪欲に「すべて」を求める姿勢は、たとえ一時的に多くを得ても、人の反感を買い、長続きしないということ。逆に、ほどよく残す寛容さは、徳として慕われ、人を惹きつける。第三に、そうした寛容さや配慮は、身近な相手だけでなく、弱い立場のもの(獣にさえ)に及んでこそ、真に人の心を動かすということ(及禽獸)。組織や商い、交渉で、すべてを取り尽くそうとせず相手に逃げ道・余地を残すこと、貪欲さより寛容さが長い目で人の心をつかむと知ること、そして配慮が弱い立場のものにまで及んでこそ真に慕われると理解すること——「網を三面開く」湯王の逸話は、寛容さの持つ力を教えます。
この章句が説くこと
殷湯王網を三面開く網開一面すべてを取り尽くさない逃げ道を残す寛容貪欲より寛容
関連する章句
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呂氏春秋・異用②湯、網に祝する者の四面に置くを見る。其の祝に曰く、「天從り墜つる者、地從り出づる者、四方從り來たる者、皆吾が網に離れ。」湯曰く、「嘻、之を盡くすかな。桀に非ざれば、其れ孰か此を為さんや。」湯、其の三面を収めて、其の一面に置き、更に祝に教えて曰く、「昔蛛蝥網罟を作り、今の人紓を學ぶ。左せんと欲する者は左せよ、右せんと欲する者は右せよ、高らんと欲する者は高れ、下らんと欲する者は下れ、吾其の命を犯す者を取らえん。」漢南の國、之を聞きて曰く、「湯の德、禽獸に及べり。」四十國之に歸す。人四面に置くも、未だ必ずしも鳥を得ず。湯、其の三面を去り、其の一面に置きて、以て其の四十國を網せり。徒に鳥を網するに非ざるなり。
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『新序』雜事第五湯網を祝する者の四面に置くを見る。其の祝に曰く、天より墜つる者、地より出づる者、四方より來たる者、皆な吾が網に離らん、と。湯曰く、嘻、之を盡くせり。桀に非ずんば其れ孰か此を爲さん、と。湯乃ち其の三面を解き、其の一面を置き、更めて之に教えて祝せしめて曰く、昔蛛蝥網を作る。今の人序に循う。左せんと欲する者は左し、右せんと欲する者は右し、高からんと欲する者は高く、下らんと欲する者は下れ。吾は其の命を犯す者を取らん、と。漢南の國之を聞きて曰く、湯の德禽獸に及べり、と。四十國之に歸す。人四面に置くも、未だ必ずしも鳥を得ず。湯三面を去り、其の一面を置き、以て四十國を網す。徒だ鳥を網するのみに非ざるなり。
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『十善法語』巻第一・不殺生戒史記ニ。殷ノ湯王野ニ出テ。捕鳥者ヲ見ルニ。四面ニ網ヲ張テ。祝シテ曰。自天下。四方皆入我網ト。王云。嘻尽矣ト。其三面ヲ去テ改祝ス。欲左左。欲右右。不用命乃入吾網ト。諸侯カコレヲ聞テ。湯ノ徳至矣。及禽獣ト云テ。悉従タトアル。礼訓ニ天子無故不殺牛。諸侯無故不殺羊。大夫無故不殺犬豕トアル。明ノ焦弱侯カ此ヲ引テ。天子尊也。諸侯大夫貴也。然皆無故不得殺生。夫無故不得殺生。有故而殺者蓋無幾矣ト云タ類。宋ノ周茂叔カ窻前ノ草ヲ鋤去ラヌ類。此等ミナ天地生育ノ道ニモ順スヘク。仏法ニモ順スル趣シヤ。此憶念有テ此法成就ス。此法有テ此徳成就ス。
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『新書』諭誠湯網を設くる者の四面に張るを見る。祝りて曰く、「天より下る者、地より出づる者、四方より至る者、皆我が網に羅れ」と。湯曰く、「嘻、尽くせり。桀に非ざれば其れ孰か能く此くの如くならん」と。三面を去らしめ、一面を舎き、之に教えて祝らしめて曰く、「蛛蝥網を作る、今の人緒を脩む。左せんと欲する者は左し、右せんと欲する者は右し、高からんと欲する者は高く、下らんと欲する者は下れ。吾は其の命を犯す者を受けんことを請う」と。士民之を聞きて曰く、「湯の徳禽獣に及べり、而るを況んや我をや」と。是に於いて下は其の上に親しむ。楚の昭王房に当たりて立ち、愀然として寒き色有り、曰く、「寡人朝に饑饉の時、酒二𨠚、重裘にして立つも、猶お憯然として寒気有り。将に我が元元の百姓を奈何せんとす」と。是の日や、府の裘を出して以て寒き者に衣せ、倉の粟を出して以て饑うる者を賑わす。居ること二年、闔閭郢を襲い、昭王隋に奔る。諸々の房に当たるの賜を得し者、還らんことを請い、死を致すの寇たり。闔閭一夕にして十たび臥を徙し、楚に賴ること能わず、師を曳きて去る。昭王乃ち復す。房に当たるの徳なり。
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