呂氏春秋 / 離俗②
舜讓其友石戶之農。石戶之農曰:「棬棬乎后之為人也,葆力之士也。」以舜之德為未至也,於是乎夫負妻妻攜子以入於海,去之終身不反。舜又讓其友北人無擇。北人無擇曰:「異哉后之為人也,居於甽畝之中,而游入於堯之門。不若是而已,又欲以其辱行漫我,我羞之。」而自投於蒼領之淵。湯將伐桀,因卞隨而謀。卞隨辭曰:「非吾事也。」湯曰:「孰可?」卞隨曰:「吾不知也。」湯又因務光而謀。務光曰:「非吾事也。」湯曰:「孰可?」務光曰:「吾不知也。」湯曰:「伊尹何如?」務光曰:「彊力忍詬,吾不知其他也。」湯遂與伊尹謀夏伐桀,克之,以讓卞隨。卞隨辭曰:「后之伐桀也,謀乎我,必以我為賊也。勝桀而讓我,必以我為貪也。吾生乎亂世,而無道之人再來詬我,吾不忍數聞也。」乃自投於潁水而死。湯又讓於務光曰:「智者謀之,武者遂之,仁者居之,古之道也。吾子胡不位之?請相吾子。」務光辭曰:「廢上,非義也。殺民,非仁也。人犯其難,我享其利,非廉也。吾聞之:『非其義,不受其利;無道之世,不踐其土』,況於尊我乎?吾不忍久見也。」乃負石而沈於募水。故如石戶之農、北人無擇、卞隨、務光者,其視天下若六合之外,人之所不能察;其視富貴也,苟可得已,則必不之賴;高節厲行,獨樂其意,而物莫之害;不漫於利,不牽於埶,而羞居濁世;惟此四士者之節。若夫舜、湯,則苞裹覆容,緣不得已而動,因時而為,以愛利為本,以萬民為義。譬之若釣者,魚有小大,餌有宜適,羽有動靜。
新字:舜譲其友石戸之農。石戸之農曰:「棬棬乎后之為人也,葆力之士也。」以舜之徳為未至也,於是乎夫負妻妻攜子以入於海,去之終身不反。舜又譲其友北人無択。北人無択曰:「異哉后之為人也,居於甽畝之中,而游入於堯之門。不若是而已,又欲以其辱行漫我,我羞之。」而自投於蒼領之淵。湯将伐桀,因卞随而謀。卞随辞曰:「非吾事也。」湯曰:「孰可?」卞随曰:「吾不知也。」湯又因務光而謀。務光曰:「非吾事也。」湯曰:「孰可?」務光曰:「吾不知也。」湯曰:「伊尹何如?」務光曰:「彊力忍詬,吾不知其他也。」湯遂与伊尹謀夏伐桀,克之,以譲卞随。卞随辞曰:「后之伐桀也,謀乎我,必以我為賊也。勝桀而譲我,必以我為貪也。吾生乎乱世,而無道之人再来詬我,吾不忍数聞也。」乃自投於潁水而死。湯又譲於務光曰:「智者謀之,武者遂之,仁者居之,古之道也。吾子胡不位之?請相吾子。」務光辞曰:「廃上,非義也。殺民,非仁也。人犯其難,我享其利,非廉也。吾聞之:『非其義,不受其利;無道之世,不践其土』,況於尊我乎?吾不忍久見也。」乃負石而沈於募水。故如石戸之農、北人無択、卞随、務光者,其視天下若六合之外,人之所不能察;其視富貴也,苟可得已,則必不之頼;高節厲行,独楽其意,而物莫之害;不漫於利,不牽於埶,而羞居濁世;惟此四士者之節。若夫舜、湯,則苞裹覆容,縁不得已而動,因時而為,以愛利為本,以万民為義。譬之若釣者,魚有小大,餌有宜適,羽有動静。
書き下し
舜、其の友石戶之農に讓る。石戶之農曰く、「棬棬たるかな、后の人と為りや。葆力の士なり。」舜の德を以て未だ至らざると為す。是に於てか、夫は負い、妻は戴き、子を攜えて以て海に入り、之を去りて、終身反らず。舜、又其の友北人無擇に讓る。北人無擇曰く、「異なるかな、后の人と為りや。甽畝の中に居りて、游んで堯の門に入る。是の若くにして已まず。又其の辱行を以て我を漫さんと欲す。我之を羞づ。」而して自ら蒼領の淵に投ず。湯將に桀を伐たんとし、卞隨に因りて謀る。卞隨辭して曰く、「吾が事に非ざるなり。」湯曰く、「孰か可ならん。」卞隨曰く、「吾知らざるなり。」湯又務光に因りて謀る。務光曰く、「吾が事に非ざるなり。」湯曰く、「孰か可ならん。」務光曰く、「吾知らざるなり。」湯曰く、「伊尹は何如。」務光曰く、「彊いて力め詬を忍ぶ。吾其の他を知らざるなり。」湯遂に伊尹と夏を謀り桀を伐ち、之に克ちて、以て卞隨に讓る。卞隨辭して曰く、「后の桀を伐つや、我に謀るは、必ず我を以て賊と為すなり。桀に勝ちて我に讓るは、必ず我を以て貪と為すなり。吾、亂世に生まれ、無道の人再び來たりて我を詬しむ。吾數々聞くに忍びざるなり。」乃ち自ら潁水に投じて死す。湯又務光に讓りて曰く、「智者之を謀り、武者之を遂げ、仁者之に居るは、古の道なり。吾子胡ぞ之に位せざる。請う吾子に相たらん。」務光辭して曰く、「上を廢するは、義に非ざるなり。民を殺すは、仁に非ざるなり。人、其の難を犯し、我、其の利を享くるは、廉に非ざるなり。吾之を聞く、『其の義に非ざれば、其の利を受けず。無道の世には、其の土を踐まず。』況んや我を尊くするに於いてをや。吾久しく見るに忍びず。」乃ち石を負いて募水に沈む。故に石戶之農・北人無擇・卞隨・務光の如きの者は、其の天下を視ること、六合の外の若く、人の察する能わざる所なり。其の富貴を視るや、苟も已むことを得可ければ、則ち必ず之に賴らず。高節厲行、獨り其の意を樂しみて、物之を害する莫し。利に漫されず、埶に索かれず、而して濁世に居ることを羞づ。惟れ此の四士者の節なり。夫の舜・湯の若きは、則ち苞裹覆容し、已むことを得ざるに縁りて動き、時に因りて為し、愛利を以て本と為し、萬民を以て義と為す。之を譬うれば、釣者の魚に小大有り、餌に宜適有り、羽に動靜有るが若し。
現代語訳
舜が友の石戸の農に位を譲ろうとすると、農は「あくせく苦労なさる方だ、自力だけを頼む人だ」と評し、舜の徳をまだ十分でないとみて、夫は荷を負い妻は頭に載せ子を連れて海の彼方へ去り、生涯戻らなかった。舜が友の北人無擇に譲ろうとすると、彼は「妙な方だ、田舎にいたのに堯の宮廷に出入りし、その上その恥ずべき行いで私を汚そうとする」と言い、蒼領の淵に身を投げた。湯は桀を討つにあたり卞隨・務光に相談したが、二人とも「自分の関わることではない」と断った。務光は伊尹を「努力家で我慢強い」と評し、湯は伊尹と謀って桀に勝つと卞隨に位を譲ったが、卞隨は「私を賊とも貪欲とも見なす言葉だ」と潁水に身を投げた。務光も「主君を廃するのは義でなく、その利を受けるのは廉でない」と石を背負って淵に沈んだ。この四人の士は天下を世界の外のように遠く見て富貴に頼らず、高い節操を保って自分の志を楽しみ、利や権勢に汚されず濁世に生きるのを恥じた。一方、舜や湯は包み容れ、やむを得ず時に応じて動き、愛と利益を根本とし万民のために義をなした。それは釣り人が魚の大小や餌の適否、浮きの動きを見分けるようなものである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
荘子・譲王湯将に桀を伐たんとす。卞随(べんずい)に因りて謀る。卞随曰く、「吾が事に非ざるなり」と。湯曰く、「孰(たれ)か可なる」と。曰く、「吾は知らざるなり」と。湯又た瞀光(ぼうこう)に因りて謀る。瞀光曰く、「吾が事に非ざるなり」と。湯曰く、「孰か可なる」と。曰く、「吾は知らざるなり」と。湯曰く、「伊尹は何如」と。曰く、「強力にして垢(はじ)を忍ぶ。吾は其の他を知らざるなり」と。湯遂に伊尹と与に桀を伐つを謀る。
-
荘子・譲王舜天下を以て其の友石戸の農(せきこのう)に譲る。石戸の農曰く、「捲捲乎(けんけんこ)たり后(きみ)の人と為りや。葆力(ほうりょく)の士なり」と。舜の徳を以て未だ至らずと為すなり。是に於いて夫は負い妻は戴き、子を携えて以て海に入り、終身反らざるなり。
-
荘子・譲王舜天下を以て其の友北人無択(ほくじんむたく)に譲る。北人無択曰く、「異なるかな。后(きみ)の人と為りや、甽畝(けんぽ)の中に居りて、堯の門に遊ぶ。是の若くにして已(や)まざるのみならず、又た其の辱行(じょくこう)を以て我を漫(けが)さんと欲す。吾は之を見るを羞(は)ず」と。因りて自ら清泠(せいれい)の淵に投ず。
-
荀子・成相篇請う成相(せいしょう)せん、聖王を道(い)わん、堯舜(ぎょうしゅん)は賢を尚(たっと)び身(みずか)ら辭讓(じじょう)し、許由(きょゆう)・善卷(ぜんけん)は、義を重んじ利を輕んじて行い顯明(けんめい)なり。堯は賢に讓り、以て民の為にす、利を氾(あまね)くし兼ね愛して德の施し均(ひと)し。上下を辨(わか)ち治め、貴賤に等有りて君臣を明らかにす。堯は能に授け、舜は時に遇(あ)う、賢を尚び德を推して天下治まる。聖賢有りと雖も、適(たまた)ま世に遇わずんば、孰(たれ)か之を知らん。堯は德とせず、舜は辭せず、妻(めあ)わすに二女(にじょ)を以てし任ずるに事を以てす。大人(たいじん)なるかな舜、南面して立てば萬物備わる。舜は禹に授く、天下を以てす、尚(なお)能く賢を推して序を失わず。外は仇(あだ)を避(さ)けず、內は親に阿(おもね)らず、賢者に予(あた)う。禹は心力を勞し、堯は德有り、干戈(かんか)を用いずして三苗(さんびょう)服す。舜を甽畝(けんぽ)より舉げ、之に天下を任じて、身は休息す。后稷(こうしょく)を得て、五穀殖(う)え、夔(き)樂正(がくせい)と為りて鳥獸(ちょうじゅう)服す。契(せつ)司徒と為り、民は孝弟を知りて有德を尊ぶ。禹に功有り、鴻(こう)を抑え下し、民の害を辟除(へきじょ)して共工(きょうこう)を逐(お)う。北のかた九河(きゅうか)を決し、十二渚(じゅうにしょ)を通じ、三江を疏(さら)う。禹は土(ど)を傅(おさ)め、天下を平らげ、躬(みずか)ら親(みずか)ら民の為に勞苦を行う。益(えき)・皋陶(こうよう)・橫革(おうかく)・直成(ちょくせい)を得て、輔(たすけ)と為す。契は玄王(げんおう)、昭明(しょうめい)を生み、砥石(しせき)に居りて商に遷(うつ)り、十有四世にして、乃ち天乙(てんいつ)有り是れ成湯(せいとう)なり。天乙湯、論じ舉ぐること當(あた)り、身は卞隨(べんずい)に讓り牟光(ぼうこう)を舉ぐ。古(いにしえ)の賢聖を道(い)わば基(もとい)は必ず張らん。
-
荘子・譲王湯又た瞀光に譲りて曰く、「知者之を謀り、武者之を遂げ、仁者之に居るは、古の道なり。吾子は胡(なん)ぞ立たざるか」と。瞀光辞して曰く、「上を廃するは、義に非ざるなり。民を殺すは、仁に非ざるなり。人は其の難を犯し、我は其の利を享(う)くるは、廉に非ざるなり。吾之を聞きて曰く、『其の義に非ざる者は、其の禄を受けず。無道の世は、其の土を践まず』と。而るを況んや我を尊ぶをや。吾は久しく見るに忍びざるなり」と。乃ち石を負いて自ら廬水(ろすい)に沈む。
-
荘子・譲王之に剋(か)ち、以て卞随に譲る。卞随辞して曰く、「后の桀を伐つや、我に謀る。必ず我を以て賊と為すなり。桀に勝ちて我に譲る。必ず我を以て貪と為すなり。吾は乱世に生まれて、無道の人再び来たりて我を漫(けが)すに其の辱行を以てす。吾は数(しばしば)聞くに忍びざるなり」と。乃ち自ら稠水(ちゅうすい)に投じて死す。