荘子 / 庚桑楚
一雀適羿,羿必得之,威也;以天下為之籠,則雀無所逃。是故湯以胞人籠伊尹,秦穆公以五羊之皮籠百里奚。是故非以其所好籠之而可得者,無有也。
書き下し
一雀羿に適(ゆ)けば、羿必ず之を得。威なり。天下を以て之が籠と為さば、則ち雀は逃るる所無し。是の故に湯は胞人(ほうじん)を以て伊尹(いいん)を籠にし、秦の穆公は五羊の皮を以て百里奚を籠にす。是の故に其の好む所を以て之を籠にするに非ずして得べき者は、有る無きなり。
現代語訳
一羽の雀が羿の前に来れば、羿は必ずこれを射止める。それが彼の威力だ。天下そのものを籠にすれば、雀はどこへも逃げられない。だから殷の湯王は、料理人の職を籠にして伊尹を捕らえた。秦の穆公は、五枚の羊の皮を籠にして百里奚を捕らえた。だから、その人が好むものを籠として仕掛けなければ、その人を得ることはできないのだ。
解説
人を得る方法を語る、実際的な一段です。伊尹は料理人になりたがったから、料理人の職を用意した。百里奚は羊の皮五枚で買われた。どちらも、その人が望むものを餌にしています。「その人が好むものを籠にしなければ、その人は得られない」。人を動かすには、こちらの都合ではなく、相手が本当に欲しているものを差し出すしかない。ただし、これは操作の技術でもあります。相手の好むもので籠を作る。この構図は、人を捕らえる話でもあるのです。
この章句が説くこと
以其所好籠之伊尹と百里奚相手の欲するもの籠を作る
関連する章句
-
荘子・庚桑楚羿(げい)は微を中(あ)つるに工(たくみ)にして、人をして己を誉むる無からしむるに拙(つたな)し。聖人は天に工にして人に拙なり。夫れ天に工にして人に俍(よ)き者は、唯だ全人のみ之を能くす。
-
荘子・山木「何をか人の益を受くる無きは難しと謂う」と。仲尼曰く、「始めて用いらるれば四達し、爵禄並び至りて窮まらず。物の利する所は、乃ち己に非ざるなり。吾が命は外に在る者有るなり。君子は盗を為さず、賢人は竊(せつ)を為さず。吾若し之を取らば、何ぞや。故に曰く、鳥は鷾鴯(いじ)より知なるは莫し。目の宜(よろ)しく処るべからざる所は、視るを給せず。其の実を落とすと雖も、之を棄てて走る。其の人を畏るるや、而も諸(これ)を人間に襲(と)る。社稷(しゃしょく)の存する焉(のみ)」と。
-
荘子・秋水恵子梁に相たり。荘子往きて之に見えんとす。或るひと恵子に謂いて曰く、「荘子来たる。子に代わりて相たらんと欲す」と。是に於いて恵子恐れ、国中を捜すこと三日三夜なり。荘子往きて之に見えて曰く、「南方に鳥有り。其の名を鵷鶵(えんすう)と為す。子之を知るか。夫れ鵷鶵は南海より発して北海に飛ぶ。梧桐に非ざれば止まらず、練実(れんじつ)に非ざれば食らわず、醴泉(れいせん)に非ざれば飲まず。是に於いて鴟(ふくろう)腐鼠を得たり。鵷鶵之を過ぐ。仰ぎて之を視て曰く、『嚇(かく)』と。今子は子の梁国を以て我を嚇せんと欲するか」と。
-
荘子・庚桑楚庚桑子曰く、「小子来たれ。夫れ車を函(い)るるの獣も、介(ひと)りにして山を離るれば、則ち罔罟(もうこ)の患いを免れず。舟を呑むの魚も、碭(とう)して水を失えば、則ち蟻も能く之を苦しむ。故に鳥獣は高きを厭わず、魚鱉(ぎょべつ)は深きを厭わず。夫れ其の形生を全うするの人は、其の身を蔵するや、深眇(しんびょう)を厭わざるのみ。且つ夫れ二子なる者は、又た何ぞ以て称揚するに足らんや。是れ其の辯に於けるや、将に妄りに垣牆(えんしょう)を鑿(うが)ちて蓬蒿(ほうこう)を殖(う)えんとするなり。髪を簡(えら)びて櫛(くしけず)り、米を数えて炊ぐがごとし。竊竊乎(せつせつこ)として又た何ぞ以て世を済(すく)うに足らんや。賢を挙ぐれば則ち民相軋(あいきし)り、知に任ずれば則ち民相盗む。之の数物なる者は、以て民を厚くするに足らず。民の利に於けるや甚だ勤(つと)む。子に父を殺す有り、臣に君を殺す有り、正昼に盗を為し、日中に杯(へい)を穴(うが)つ。吾女に語らん。大乱の本は、必ず堯・舜の間に生じ、其の末は千世の後に存す。千世の後、其れ必ず人と人と相食む者有らん」と。
-
説苑・臣術秦の穆公賈人をして塩を載せしめ、諸賈人に征す。賈人百里奚を五羖羊の皮を以て買い、車を将いて之を秦に之かしむ。秦の穆公塩を観て、百里奚の牛肥ゆるを見て曰く、「任重く道遠くして以て険しきに、牛何を以て肥ゆるや」と。対えて曰く、「臣飲食するに時を以てし、之を使うに暴を以てせず。険有れば、先後するに身を以てす、是を以て肥ゆるなり」と。穆公其の君子なるを知り、有司をして其れ沐浴せしめ衣冠して与に坐せしむ。公大いに悦ぶ。異日公孫支と政を論じ、公孫支大いに寧からずして曰く、「君耳目聡明にして、思慮審察す、君其れ聖人を得たるか」と。公曰く、「然り、吾夫の奚の言を悦ぶ、彼聖人に類す」と。公孫支遂に帰りて鴈を取りて以て賀して曰く、「君社稷の聖臣を得たり、敢えて社稷の福を賀す」と。公辞せず、再拝して之を受く。明日、公孫支乃ち上卿を致して以て百里奚に譲りて曰く、「秦国処僻にして、民陋にして愚、危亡の本なり。臣自ら其の上に処るに足らざるを知る、請う之を譲らん」と。公許さず。公孫支曰く、「君賓相を用いずして社稷の聖臣を得たるは、君の禄なり。臣賢を見て之を譲るは、臣の禄なり。今君既に其の禄を得たり、而して臣をして禄を失わしむべけんや。請う終に之を致さん」と。公許さず。公孫支曰く、「臣不肖にして上位に処るは是れ君の倫を失うなり。不肖にして倫を失うは、臣の過ちなり。賢を進めて不肖を退くるは、君の明なり。今臣位に処り、君の徳を廃し臣の行いに逆らうなり、臣将に逃げんとす」と。公乃ち之を受く。故に百里奚上卿と為りて以て之を制し、公孫支次卿と為りて以て之を佐くるなり。
-
『長短経』用無用古人言える有りて曰く「鳥を得る者は、羅の一目なり。然れども一目の羅を張らば、終に鳥を得ること能わず。鳥の能く遠く飛ぶ所以の者は、六翮の力なり。然れども衆毛の助け無くんば、則ち飛ぶこと遠きこと能わず」と。是を以て之を推せば、無用の用為ること大なり。故に恵子、荘子に謂いて曰く「子の言は無用なり」と。荘子曰く「無用を知りて始めて与に用を言うべし。夫れ天地は広く且つ大ならざるに非ず。人の用うる所は、足を容るるのみ。然らば則ち足を削りて之を墊し黄泉に至らば、人尚お用有らんか」と。恵子曰く「無用なり」と。荘子曰く「然らば則ち無用の用為ることも、亦た明らかなり」と。昔、陳平は智余り有りて疑われ、周勃は質樸にして忠にして信ぜらる。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る