新序 / 雜事第三
是以聖王制世御俗,獨化於陶鈞之上能不牽乎卑亂之言,不惑乎衆多之口,故秦皇帝任中庶子䝉恬之言,以信荆軻之説,故匕首竊□周文王校獵涇渭,載吕尚而歸,以王天下。秦信左右而弑,周用烏集而王。何則?以其能越攣拘之語,馳域外之議,獨觀於昭曠之道也。今人主沉於謟諛之辭,牽於帷墻之制,使不羈之士,與牛驥同皁此鮑焦之所以忿於世,而不留於冨貴之樂也。臣聞盛飾以朝者,不以私汙義;砥礪名號者,不以利傷行。故里名勝母,而曽子不入;邑號朝歌,墨子回車。今使天下寥廓之士,籠於威重之權,脇於勢位之貴,回面汙行,以事謟諛之人,求親近於左右,則士有伏死崛穴巖藪之中耳,安有盡精神而趨闕下者哉!」書奏孝王,孝王立出之,卒為上客。
新字:是以聖王制世御俗,独化於陶鈞之上能不牽乎卑乱之言,不惑乎衆多之口,故秦皇帝任中庶子䝉恬之言,以信荆軻之説,故匕首竊□周文王校猟涇渭,載呂尚而帰,以王天下。秦信左右而弑,周用烏集而王。何則?以其能越攣拘之語,馳域外之議,独観於昭曠之道也。今人主沈於謟諛之辞,牽於帷墻之制,使不羈之士,与牛驥同皁此鮑焦之所以忿於世,而不留於冨貴之楽也。臣聞盛飾以朝者,不以私汙義;砥礪名号者,不以利傷行。故里名勝母,而曽子不入;邑号朝歌,墨子回車。今使天下寥廓之士,籠於威重之権,脇於勢位之貴,回面汙行,以事謟諛之人,求親近於左右,則士有伏死崛穴巖藪之中耳,安有尽精神而趨闕下者哉!」書奏孝王,孝王立出之,卒為上客。
書き下し
是を以て聖王世を制し俗を御し、獨り陶鈞の上に化し、能く卑亂の言に牽かれず、衆多の口に惑わず。故に秦の皇帝中庶子蒙恬の言に任じ、以て荊軻の説を信ず。故に匕首竊かに□。周の文王涇渭に校獵し、呂尚を載せて歸り、以て天下に王たり。秦は左右を信じて弑せられ、周は烏集を用いて王たり。何となれば則ち、其の能く攣拘の語を越え、域外の議に馳せ、獨り昭曠の道に觀ればなり。今人主は謟諛の辭に沉み、帷墻の制に牽かれ、不羈の士をして、牛驥皁を同じくせしむ。此れ鮑焦の世に忿りて、富貴の樂しみに留まらざる所以なり。臣聞く、盛飾して以て朝する者は、私を以て義を汙さず。名號を砥礪する者は、利を以て行を傷つけず、と。故に里に勝母と名づくれば、曾子入らず。邑を朝歌と號すれば、墨子車を回らす。今天下寥廓の士をして、威重の權に籠められ、勢位の貴に脇かされ、面を回らし行を汙して、以て謟諛の人に事え、親近を左右に求めしめば、則ち士は崛穴巖藪の中に伏死する有らんのみ。安んぞ精神を盡くして闕下に趨る者有らんや、と。書孝王に奏せらる。孝王立ちどころに之を出だし、卒に上客と爲す。
現代語訳
「だから聖王は世を治め俗を御し、ひとり轆轤の上で作り上げるように化し、卑しく乱れた言葉に引かれず、多くの口に惑わされません。だから秦の始皇帝は中庶子や蒙恬の言葉に任せ、それで荊軻の説を信じました。だから匕首がひそかに□〔一字を欠く〕。周の文王は涇水・渭水で狩りをし、呂尚を車に載せて帰り、それで天下に王となりました。秦は側近を信じて弑され、周は寄せ集めを用いて王となりました。なぜでしょうか。凝り固まった言葉を越え、枠の外の議論に馳せ、ひとり明らかで広い道を見たからです。いま君主はへつらいの言葉に沈み、帷や垣のうちの縛りに引かれ、束縛されない士を、牛と駿馬を同じ飼い葉桶に入れるようにしておられます。これが鮑焦が世に憤って、富貴の楽しみにとどまらなかったゆえんです。臣は聞いております。装いを正して朝廷に出る者は、私情によって義を汚さない。名を磨く者は、利によって行いを傷つけない、と。だから村の名が『勝母(母に勝つ)』であれば、曾子は入りませんでした。町の名が『朝歌(朝に歌う)』であれば、墨子は車を引き返しました。いま天下の広い心を持つ士に、重い威権に閉じ込められ、権勢と地位の貴さに脅かされ、顔を背け行いを汚して、へつらう人に仕え、側近に近づきを求めさせるなら、士は洞穴や山藪の中で伏して死ぬだけでありましょう。どうして精神を尽くして宮門へ駆けつける者がありましょうか」。書が孝王に奏上された。孝王はただちにこれを出獄させ、ついに上客とした。
解説
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