新序 / 雜事第三
臣聞賢聖之君,不以禄私親,功多者授之;不以官隨愛,能當者處之。故曰:『察能而授官者,成功之君也;論行而結交者,立名之士也。』臣以所學,觀先王舉措,有髙世主之心,故假節於魏,以身得察於燕,先生過舉,擢之賓客之中,立之羣臣之上,不謀父兄,以為亞卿,臣自以為奉令承教,可幸無罪,故受命而不辭。
新字:臣聞賢聖之君,不以禄私親,功多者授之;不以官随愛,能当者処之。故曰:『察能而授官者,成功之君也;論行而結交者,立名之士也。』臣以所学,観先王舉措,有高世主之心,故仮節於魏,以身得察於燕,先生過舉,擢之賓客之中,立之羣臣之上,不謀父兄,以為亜卿,臣自以為奉令承教,可幸無罪,故受命而不辞。
書き下し
臣聞く、賢聖の君は、祿を以て親を私せず、功多き者に之を授く。官を以て愛に隨わず、能く當たる者を之に處らしむ、と。故に曰く、能を察して官を授くる者は、功を成すの君なり。行を論じて交わりを結ぶ者は、名を立つるの士なり、と。臣學ぶ所を以て、先王の舉措を觀るに、世主に高きの心有り。故に節を魏に假り、身を以て燕に察せらるるを得たり。先王過舉して、之を賓客の中に擢で、之を羣臣の上に立て、父兄に謀らずして、以て亞卿と爲す。臣自ら以爲えらく、令を奉じ教えを承け、幸いに罪無かる可しと。故に命を受けて辭せず。
現代語訳
「臣は聞いております。賢く聖なる君は、俸禄によって身内を優遇せず、功の多い者にそれを授ける。官職を情愛に従って与えず、能力の見合う者をそこに就ける、と。だから言うのです。能力を見きわめて官を授ける者は、功を成す君である。行いを見て交わりを結ぶ者は、名を立てる士である、と。臣は学んだところをもって先王の挙措を拝見しますに、世の君主より高いお心がありました。だから魏の使節の資格を借りて、この身を燕で見ていただくことができました。先王は過分の抜擢をなさり、臣を賓客の中から引き上げ、群臣の上に立て、父兄にも相談なさらずに、亜卿とされました。臣は自分でこう思いました、命を奉じ教えを承れば、幸いにも罪なくいられるだろうと。だから命を受けて辞退しなかったのです」。
解説
この章句が説くこと
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説苑・立節左儒杜伯に友たり。皆周の宣王に臣たり。宣王将に杜伯を殺さんとするも其の罪に非ず。左儒之を王に争う。九たび之を復すも王許さず。王曰わく、「君に別れて友を異にするは、斯れ汝なり」と。左儒対えて曰わく、「臣之を聞く、君道にして友逆らわば、則ち君に順いて友を誅す。友道にして君逆らわば、則ち友を率いて君に違うと」と。王怒りて曰わく、「而の言を易えば則ち生き、易えずんば則ち死せん」と。左儒対えて曰わく、「臣之を聞く、古の士義を枉げて以て死に従わず、言を易えて以て生を求めずと。故に臣能く君の過を明らかにして、以て杜伯の罪無きに死せん」と。王杜伯を殺す。左儒之に死す。
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