新序 / 雜事第二
昔者,曽參之處,鄭人有與曽參同名姓者殺人,人告其母曰:『曽參殺人。』其母織自若也。頃之一人又來告之,其母曰:『吾子不殺人。』有頃,一人又來告,其母投杼下機,踰墻而走。夫以曽參之賢,與其母信之也,然三人疑之,其母懼焉。今臣之賢也不若曽參,王之信臣也,又不如曽參之母之信曽參也,疑臣者非特三人也,臣恐大王投杼也。
新字:昔者,曽参之処,鄭人有与曽参同名姓者殺人,人告其母曰:『曽参殺人。』其母織自若也。頃之一人又来告之,其母曰:『吾子不殺人。』有頃,一人又来告,其母投杼下機,踰墻而走。夫以曽参之賢,与其母信之也,然三人疑之,其母懼焉。今臣之賢也不若曽参,王之信臣也,又不如曽参之母之信曽参也,疑臣者非特三人也,臣恐大王投杼也。
書き下し
昔者、曾參の處るや、鄭人に曾參と名姓を同じくする者有りて人を殺す。人其の母に告げて曰く、曾參人を殺せり、と。其の母織ること自若たるなり。頃くして一人又た來たりて之に告ぐ。其の母曰く、吾が子は人を殺さず、と。頃く有りて、一人又た來たりて告ぐ。其の母杼を投じて機を下り、墻を踰えて走る。夫れ曾參の賢と、其の母の之を信ずるとを以てするも、然れども三人之を疑えば、其の母懼る。今臣の賢や曾參に若かず。王の臣を信ずるや、又た曾參の母の曾參を信ずるに如かず。臣を疑う者は特だ三人のみに非ず。臣恐る、大王の杼を投ぜんことを、と。
現代語訳
昔、曾参が住んでいたとき、鄭の人で曾参と姓名を同じくする者がいて人を殺した。人がその母に告げて言った。「曾参が人を殺しました」。その母は平然と機を織り続けた。しばらくしてもう一人がまた来て告げた。その母は言った。「わたしの子は人を殺しません」。しばらくして、もう一人がまた来て告げた。その母は梭を投げ出して機から降り、塀を越えて逃げた。そもそも曾参ほどの賢さと、その母がわが子を信じる気持ちがあっても、三人が疑えば、その母は恐れるのです。いま臣の賢さは曾参に及びません。王が臣を信じてくださるのも、また曾参の母が曾参を信じるほどではありません。臣を疑う者は三人どころではないでしょう。臣が恐れますのは、大王が梭を投げ出されることです。
解説
この章句が説くこと
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