呻吟語 / 外篇・詞章・言語は聖人の糟粕
言語者,聖人之糟粕也。聖人不可言之妙,非言語所能形容。漢宋以來,解經諸儒泥文拘字,破碎牽合,失聖人天然自得之趣,晦天下本然自在之道,不近人情,不合物理,使後世學者無所適從。且其負一世之高明,繫千古之重望,遂成百世不刊之典。後學者豈無千慮一得,發前聖之心傳,而救先儒之小失?然一下筆開喙,腐儒俗士不辨是非,噬指而驚,掩口而笑,且曰:「茲先哲之明訓也,安得妄議?」噫!此誠信而好古之義也。泥傳離經,勉從強信,是先儒阿意曲從之子也。昔朱子將終,尚改誠意注說,使朱子先一年而卒,則誠意章必非精到之語;使天假朱子數年,所改寧止誠意章哉?
新字:言語者,聖人之糟粕也。聖人不可言之妙,非言語所能形容。漢宋以来,解経諸儒泥文拘字,破砕牽合,失聖人天然自得之趣,晦天下本然自在之道,不近人情,不合物理,使後世学者無所適従。且其負一世之高明,繋千古之重望,遂成百世不刊之典。後学者豈無千慮一得,発前聖之心伝,而救先儒之小失?然一下筆開喙,腐儒俗士不弁是非,噬指而驚,掩口而笑,且曰:「茲先哲之明訓也,安得妄議?」噫!此誠信而好古之義也。泥伝離経,勉従強信,是先儒阿意曲従之子也。昔朱子将終,尚改誠意注説,使朱子先一年而卒,則誠意章必非精到之語;使天仮朱子数年,所改寧止誠意章哉?
書き下し
言語なる者は、聖人の糟粕なり。聖人の言ふ可からざるの妙は、言語の能く形容する所に非ず。漢宋以來、經を解する諸儒は文に泥み字に拘り、破碎牽合して、聖人天然自得の趣を失ひ、天下本然自在の道を晦まし、人情に近からず、物理に合はず、後世の學者をして適從する所無からしむ。且つ其の一世の高明に負き、千古の重望に繫かり、遂に百世不刊の典と成る。後學者豈に千慮一得の、前聖の心傳を發して、先儒の小失を救ふもの無からんや。然れども一たび筆を下し喙を開けば、腐儒俗士は是非を辨ぜず、指を噬みて驚き、口を掩ひて笑ひ、且つ曰く、「茲れ先哲の明訓なり。安んぞ妄議するを得ん」と。噫、此れ誠に信じて古を好むの義なり。傳に泥み經を離れ、勉めて強信に從ふは、是れ先儒に阿意曲從するの子なり。昔朱子將に終はらんとするに、尚ほ誠意の注說を改む。朱子をして一年先んじて卒せしめば、則ち誠意の章は必ず精到の語に非ず。天朱子に數年を假さば、改むる所は寧ぞ誠意の章に止まらんや。
現代語訳
言語は聖人の糟粕です。聖人の言えない妙は、言語が形容できるものではありません。漢と宋より後、経を解く儒者たちは文に泥み字に拘り、砕きこじつけて、聖人の天然自ずと得た趣を失わせ、天下の本来自在な道を暗くし、人の情に近づかず、物の理にも合わず、後の世の学ぶ者に従うところを無くさせました。しかもその一世の高明に背き、千古の重い望みに懸かって、ついに百代改められない典拠となりました。後の学ぶ者に、千度の思案で一つを得て、先聖の心の伝えを明らかにし、先の儒者の小さな失を救う者がいないでしょうか。しかしひとたび筆を下ろし口を開けば、古臭い儒者や俗な士は是非を見分けず、指を噛んで驚き、口を覆って笑い、こう言います。これは先哲の明らかな教えだ、どうして勝手に議論できようか。ああ、これこそ誠に信じて古を好む義でしょうか。注釈に泥んで経を離れ、努めて無理に信じるのは、先の儒者に媚びて曲げ従う子です。昔、朱子が亡くなろうとする時、なお誠意の注を改めました。朱子が一年早く亡くなっていたら、誠意の章は精しく到った語ではなかったでしょう。天が朱子に数年を貸していたら、改めたのは誠意の章だけで済んだでしょうか。
解説
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