呻吟語 / 外篇・治道・日月を懸けて以て人に示す
屋漏尚有十目十手,為人上者,大庭廣眾之中,萬手千目之地,譬之懸日月以示人,分毫掩護不得,如之何弗慎?
新字:屋漏尚有十目十手,為人上者,大庭広衆之中,万手千目之地,譬之懸日月以示人,分毫掩護不得,如之何弗慎?
書き下し
屋漏すら尚ほ十目十手有り。人上たる者は、大庭廣眾の中、萬手千目の地なり。之を日月を懸けて以て人に示すに譬ふ。分毫も掩護し得ず。之を如何ぞ慎まざらんや。
現代語訳
人目の無い部屋の隅でさえ、十の目と十の手があります。人の上に立つ者は、大きな庭と広い人々のなか、万の手と千の目のただ中にいます。日月を掲げて人に示すようなものです。毛ほども覆い隠せません。どうして慎まずにいられるでしょうか。
解説
人目の無い場所にさえ十の目があるという前提から始め、上に立つ者はその千倍だと示します。そして日月の比喩が置かれます。掲げられて誰からも見え、覆い隠せない。地位が高いことは、見られる量が増えることだという構図です。前に出てきた、身近な人の前でも崩れるなという段と合わせると、隠れる場所がどこにも無いと分かります。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
屋漏十目日月隠せない地位
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