呻吟語 / 外篇・治道・民情を正に引く
夫治水者,通之乃所以窮之,塞之乃所以決之也。民情亦然。故先王引民情於正,不裁於法。法與情不俱行,一存則一亡。三代之得天下,得民情也;其守天下也,調民情也。順之而使不拂,節之而使不過,是謂之調。
新字:夫治水者,通之乃所以窮之,塞之乃所以決之也。民情亦然。故先王引民情於正,不裁於法。法与情不倶行,一存則一亡。三代之得天下,得民情也;其守天下也,調民情也。順之而使不払,節之而使不過,是謂之調。
書き下し
夫れ水を治むる者は、之を通ずるは乃ち之を窮むる所以にして、之を塞ぐは乃ち之を決する所以なり。民情も亦た然り。故に先王は民情を正に引き、法に裁せず。法と情と俱には行はれず、一つ存すれば則ち一つ亡ぶ。三代の天下を得るは、民情を得るなり。其の天下を守るや、民情を調ふるなり。之に順ひて拂らざらしめ、之を節して過ぎざらしむ、是れを之れ調ふと謂ふ。
現代語訳
水を治める者は、通すことがそれを行き着かせることであり、塞ぐことがそれを決壊させることです。民の情もまた同じです。だから先王は民の情を正しいほうへ導き、法で裁ちませんでした。法と情はともには行われず、一方が立てば一方が滅びます。三代が天下を得たのは民の情を得たからです。天下を守ったのは民の情を調えたからです。順わせて背かせず、節して行きすぎさせない。これを調えると言います。
解説
水の治め方を逆説で示します。通すことが行き着かせることであり、塞ぐことが決壊させること。民の情も同じで、導くのが正しく、法で裁つのは塞ぐことになります。そして法と情が両立しないと言い切られます。調えるとは、順わせて背かせず、節して行きすぎさせないこと。通しながら程を保つという、二つの働きを同時にする手つきです。
この章句が説くこと
治水通塞民情導く調える
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『呻吟語』外篇・治道・聖人の民を治むるは水を治むるが如し民情に五有り、皆な便に生ず。利を見れば則ち趨き、色を見れば則ち愛し、飲食を見れば則ち貪り、安逸を見れば則ち就き、愚弱を見れば則ち欺く。皆な己に便なるが故なり。惟だ便なれば、則ち術は工を期せずして自ら工なり。惟だ便なれば、則ち奸は多きを期せずして自ら多し。君子固より其の禁じ難きを知る。而して德もて之を柔らげ、教もて之を諭し、禮もて之を禁じ、法もて之を懲らす。終日便と敵を為すも、竟に衰へ止むる能はず。其の便とする所を禁ずるは、其の便とせざる所を強ふると、其の難きこと一なり。故に聖人の民を治むるは水を治むるが如し。下に就かざらしむる能はず、分かちて泛溢せざらしむるを能くするのみ。之を堤して決せざらしむるは、堯・舜と雖も能はず。
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